大野耐一氏とトヨタマンたちの「時間哲学」
2016年06月10日 公開 2024年12月16日 更新
『トヨタ 最強の時間術』より
トヨタはこうして時短を実現する
「仕事」からではなく「時間」からスタートせよ。
トヨタ式はムダな時間を取ることでまとまった時間をつくり、それを使うべきところに集中的に使うことで効率を上げます。その結果、時間短縮が実現されて、時間不足はもちろん、人や資金の不足も緩和されるのです。
トヨタ式時間短縮の象徴ともいえる「シングル段取り」が実現したいきさつを見ると、よくわかります。
トヨタ式は大量生産方式から脱却して、市場でお客さまが1個ずつ違うものを買っていくのに合わせて1個ずつつくる「1個流し」を目ざしました。
とても困難な道ですが、中でも最大の障害だったのが段取り替え時間です。
つくるものが変われば金型や部品が変わり、機械も調整しなければいけません。それが段取り替えです。段取り替えの間は生産ラインを止めますから、ものはつくれません。
1960年代半ば、トヨタでは500トン、1千トンプレスの段取り替えには2~4時間もかかっていました。
1個つくるたびにこんなに長くラインを止めては、生産スピードが極端に落ちてしまいます。1個流しを実現する生命線は、段取り替え時間をどれだけ短縮できるかでした。
トヨタマンたちは大野耐一氏(トヨタ自動車工業元副社長、トヨタ生産方式を体系化した人物)の指示を受けて改善活動に取り組み、画期的な方法を編み出します。
段取り替えには機械を止めて行う「内側の段取り(内段取り)」と、機械の稼働中にも行える「外側の段取り(外段取り)」の2つがあります。これまで内段取りだったものを外段取りにできれば、段取り替え時間は大幅に短縮できるというアイデアでした。
これに従って改善を進めた結果、段取り替えをなんと1時間以内に短縮することができたのでした。
ところが大野氏は満足せず、とんでもない目標を設定します。
「3分間に短縮してくれ」と言うのです。
10分間を切る段取り替えを特に「シングル段取り」といいますが、一気にそこまで短縮しろという指示でした。
最大の制約を解決する
当時、西ドイツのフォルクスワーゲンでさえ段取り替えには2時間を要していました。
1時間でも大変な記録といえます。
「それを、一気に3分間とは……とても不可能だ」と、改善メンバーのほとんどが呆然としました。
でも、中には、「トヨタ式の改善をさらに徹底すれば可能かもしれない」と考える人もいました。
こうして再び改善が始まります。内段取りをさらにいくつも外段取りに追い込んだ上、工具や金型をワンタッチで取り換えられる工夫をこらしました。締め具をボルトレスにしたり、一回転締め具にするといった細部までアイデアを出し、100を越える改善を行ったといいます。
その結果、ついに段取り替えは本当に3分間でできるようになったのです。
これはトヨタ式にとっても大きなできごとでした。
時間はトヨタ式の最大の制約条件の一つでした。
ものづくりに求められるのは生産スピードであり、量産化です。トヨタ式の「必要なものを、必要な時に、必要なだけ」という要求は、スピードおよび量産化と長く二項対立の関係にありました。
それが、シングル段取りを実現したことで解決されたのです。
マネジメントの大家である経営学者ピーター・ドラッカーは、成果を上げるためにこんな時間術を提案しています。
1)何に時間がとられているかを分析する
2)時間を奪う非生産的な要求を退ける
3)そうやって生まれた時間をまとめる
ドラッカーとトヨタ式には共通点が多いと言われますが、時間術もその一つでしょう。
ドラッカーは、さらにこう言っています。
「成果を上げる人は『仕事』からスタートしない。『計画』からもスタートしない。『時間』からスタートする」
大野氏の「3分間」という指示も、まさに時間からスタートする発想でした。
桑原晃弥(くわばら・てるや)
1956年、広島県生まれ。慶應義塾大学卒。業界紙記者、不動産会社、採用コンサルタント会社を経て独立。転職者・新卒者の採用と定着に関する業務で実績を残した後、トヨタ式の実践、普及で有名なカルマン株式会社の顧問として「人を真ん中においたモノづくり」に関する書籍やテキスト、ビデオなどの制作を主導した。主な著書に『1分間アドラー』(SBクリエイティブ)、『スティーブ・ジョブズ名語録』(PHP文庫)、『スティーブ・ジョブズ 神の仕事術』『運が開ける! 名経営者のすごい言葉』(以上、PHP研究所)、『ウォーレン・バフェット 巨富を生み出す7つの法則』(朝日新聞出版)などがある。