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社会

まったく悪意なく部下をつぶす「クラッシャー上司」の実態

松崎一葉(筑波大学医学医療系 産業精神医学・宇宙医学グループ教授)

2017年01月28日 公開 2022年06月02日 更新

クラッシャー上司は、自分の部下を潰して出世していく。

そういう働き方、生き方に疑問を持たないどころか、自分のやっていることは善であるという確信すら抱いている者たちである。

そして、潰れていく部下に対する罪悪感がない。精神的に参っている相手の気持ちがわからない。他人に共感することができない。

自分は善であるという確信。
他人への共感性の欠如。

この2つのポイントは、どんなクラッシャー上司にも見て取れる特徴だ。

とはいえ、それらの程度には濃淡があり、部下の潰し方も同じではない。抽象的な説明を続けてもイメージがわきにくいので、さっそく事例を紹介していこう。

 

事例 これが「クラッシャー上司」だ!

「自分は善である」という確信が強くまったく悪意はないのだが、共感性の低い上司のもとで働いた結果、メンタル不全に陥った若い女性社員の話だ。

会社は、高品質の製品を作る優良企業として業界で認められている、BtoBの機械メーカー。決してブラック企業のように若い社員を大量採用しては大量退職させていく、乱暴な会社ではない。むしろ社員教育に熱心な家族主義の会社とされている、評判のいいメーカーである。 

ところが、そうした会社にもクラッシャー上司が存在し、潰されていく優秀な若手社員が実在するのだ。

問題上司をクラッシャーA、部下を被害者Fと仮に呼ぶ。被害者Fがバーンアウトして働けなくなったのは25歳で、そのときクラッシャーAは45歳。

Fは、国立大学の工学部から大学院に進み、優秀な成績で修士課程を修了、第一志望でその機械メーカーに就職した女性だ。大学と院で機械設計を学び、入社後も希望通りの設計部門に配属された。

性格はとても真面目で、自分自身への要求水準が高く、レベル100の課題が出たらレベル200を目指さないと気が済まないタイプ。大学や院でも、毎晩遅くまで居残りして実験研究に励んでいた。

研究室での評価は高く、就職は教授推薦ですんなり決まった。教授のお墨付きであり、かつ、仕事のやる気にも満ち溢れていたから、会社は期待して採用した。

実際、入社後もFは極めて勤勉だった。上司の要求以上の努力をし、かなり速いスピードで業務を覚えていった。飲み会などでもよく気遣いができ、店の手配から先輩へのお酌までパーフェクト。当然、職場では評判のいい新人だった。

そして入社2年目。

直属上司で課長のAは、少々厄介なクライアントが要求してきたかなり難しい案件を、「期待をこめて」Fに任せた。Aは、「お前ならやれるはず」「困ったらいつでも聞きに来い」「俺もこうやってキツメの仕事でしごかれてここまで来た」と指導した。課長の期待に応えるべく、Fはそれまで以上に全力で働いた。

案件の進行がチェックされる、中間審査の時期が来た。自ら望んで残業をし、製品設計に励んできたFは、満を持してプレゼンを行った。

ところが、クライアントから完全なダメ出しを受けてしまった。クライアントは、「根本からなっていない」「そもそもこの基本設計は仕様書と違う」と言う。

調べてみると、実は、クライアント側の担当者がその年度から別の者となっており、前任者との引継ぎが上手くなされておらず、変更した基本設計部分が仕様書に反映されていなかったことがわかった。その事実を説明しても、クライアントは納得せず、ほぼゼロからの見直しを要求した。

Fは、課長Aに状況を報告、対処の仕方を相談した。Aは、「向こうも悪いが、お前も悪い」と言った。Fは、クライアント側の引き継ぎ問題で理不尽な目に遭っている辛さを共有したかったが、Aからは「俺もそんな話は聞いていなかった」「基本中の基本ができていないのだから、何を言われても致し方ない」と突き放された。

納期は同じで、設計を全面的にやり直すよう、Aに命じられただけだった。

「上司にも迷惑をかけて申し訳ない」

その翌日からのFは、連日、深夜までの残業で、土日も自宅でフルに働いた。そうしなければ、とても納期には間に合わなかった。

Aも心配し、声をかけてくれた。だが、それ以上に、「納期変更は絶対に認めない」「あのクライアントの信頼を失ったら大変なことになる」「これまでうちが築き上げてきた信頼が失墜するんだぞ!」という叱咤のほうが多かった。

疲弊したFの仕事の手が止まると、Aは「お前の能力に期待して任せたのに……」と溜息をつき、「やっぱり無理かー」と天を仰いだ。

AはFの残業につき合い、よく支援してくれるものの、その態度が厳しく、過剰なほどだったという。

CAD画面の前で、AはFにほぼつきっきり。ちょっとでもミスをすると、すぐさま叱責の声が耳に飛び込んでくる。朝6時から夜2時頃まで、ずっと一緒。昼食と夕食も共にとり、トイレはAが行くタイミングに合わせて自分も済ませるという、まったく自由のない環境で、約2週間のハードワークを続けた。

その時期の自分について、Fはこう述懐する。

「そもそも私の失敗なので致し方ないことです。上司にも迷惑をかけて申し訳ない。とにかく頑張るしかありませんでした」

「つきっきりで指導してくれたのは有り難いことなんですが、あのときはまったく自分自身というものがなかったと思います」

「食事も喉が通らないほどなのに、上司がラーメンと言えばつき合うし、トンカツと言えばトンカツ屋さんに行きました」

「食べられないでいると、無理してでも食わないと持たないぞ、と言われて食べました。そして、上司にわからないようトイレで吐いていました」

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身体が動かない

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