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ダウン症の娘と40年を共にする母が感動した「知的障害者の深く尊い愛」

金澤泰子、金澤翔子

2025年03月26日 公開 2025年03月27日 更新

ダウン症の娘と40年を共にする母が感動した「知的障害者の深く尊い愛」

5歳から書道を始め20歳で初の個展を開催、その後、伊勢神宮、法隆寺、東大寺といった著名な神社仏閣で奉納揮毫を実現しているダウン症の書家・金澤翔子さん。母の泰子さんは長年一緒に暮らす中で、娘が持ち合わせている"深い愛"になんども感動してきたといいます。翔子さんの「魂の書」とともに、泰子さんのエッセイが綴られた書籍『いまを愛して生きてゆく』より一部をご紹介します。

※本稿は、『いまを愛して生きてゆく』(PHP研究所)から一部抜粋・編集したものです

 

すべてが穏やか

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を翔子と一緒に読んだ。何度もなんども読み返し、「犍陀多(かんだた)は悪い人で、せっかく助けた蜘蛛の糸も切れちゃって、恐しい地獄から出られないんだね」などと丁寧に説明した。翔子も一つぐらい物語が話せたらいいなと思い真剣に説明をした。

お終いに「では、翔ちゃん、犍陀多のお話をしてください」と言うと、いきなり「犍陀多は謝ればいいのよ!」と言う。「誰に?」と聞くと「地獄に」と言い、「地獄は天国に謝ればいいのよ」と意味不明。

今まで2時間以上も費やして説明したことがまったくわかっていない。

やはり翔子には悪人や地獄は存在しない。悪や狡さの仕組みや勝ち負けが決してわからない。これが翔子の知的障害の核心だ。すべてが穏やかなのだ。限りなく無知なまでの平和主義者。

 

愛に輝く

「全ての人が幸せでないと困ってしまう」という、知的障害者が持つ深く尊い愛に感動することがままある。私はこんな崇高な想いがこの世に存在することを多くの人に語り継いでいきたい。

彼等のこの屹立している想いは、人々に上手く伝えられることもなく「おかしな人だ」と思われ、認められることなく潰えることが多い。翔子という娘もまた、愛で輝いている。傍らにいた私はこの愛を伝える「語り部」であった。

悲しい人を見つけ「愛している」と呪文をかけ、多くの人が目の前で救われていく不思議の力を私は見てきた。

娘が「お母様、私を産んでくれてありがとう」と言うけれど、私はよくぞ翔ちゃん、母さんのところに生まれて来てくれたね、と思う。娘の愛の「語り部」として本懐を遂げた母親だと思う。

 

人類の繁栄をもたらす一助に

「神はこの世に不要なものを創らない」

何をしても最下位の翔子の傍らで、私はこの言葉に救われていた。翔子にも何か役目があるのではないかと。

かつて輝しく繁榮していた文明国が地球上に存在していたけれど、その国は科学の発達が愛の量をはるかに超えてしまったので滅びてしまった、と聞いたことがある。科学や経済優先の発展を目指す文明社会は精神の荒廃を招き、疲弊して行くのでしょう。

お金の価値が分からず競うことも無く、愛だけで暮らす知的障害を持つ翔子はまるでマイナスの存在のように思われる。けれど、この稀有な愛の知性は経済優先で進んでいる世界の速度を少し遅らせる役目を果たすかもしれない。緩慢ではあるけれど真の人類の繁栄をもたらす助けになるような気がする。

著者紹介

金澤泰子(かなざわ・やすこ)

書家、随筆家、書家金澤翔子の母

書道柳田流家元に師事。久が原書道教室主宰
ダウン症の娘を授かり「希望」を探し続けた母娘二人三脚の軌跡をはじめ、地域との関わりや、翔子の一人暮らしの様子から障害者の自立をテーマにした講演は高い定評がある。現在はテレビやラジオを中心に多数のメディアに出演する傍ら、随筆家としても活躍し執筆著書は30タイトルを超える。
東京芸術大学評議員 日本福祉大学客員教授

金澤翔子(かなざわ・しょうこ)

書家

5歳のときに書家である母・泰子に師事し書を始める。世界的に活躍する日本を代表する書家の一人。ダウン症の書家としても広く知られており、伊勢神宮や東大寺など名だたる神社仏閣での奉納や美術館展覧会のほか、ニューヨークやロンドンをはじめとする世界各地で個展や公演を開催している。バチカン市国ローマ教皇に大作『祈』の寄贈、NHK大河ドラマ『平清盛』の題字、東京オリンピック公式アートポスターの制作、上皇陛下御製(天皇御在位中)の謹書を担当。2013年には紺綬褒章を受章。

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