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「国進民退」が加速する中国経済

柯隆(富士通総研経済研究所主席研究員)

2011年09月12日 公開 2022年09月28日 更新

国民の幸福指数は世界最下位

 アメリカの債務問題は、与野党の合意により政府の借り入れ上限が引き上げられ、とりあえず目の前の危機は回避された。しかし、アメリカの景気がそれでよくなる保証はない。世界経済の中国頼みは、ますます強まるものと思われる。

 しかし、順調に成長しているようにみえる中国経済も、減速する可能性が出てきた。

 中国経済の潜在成長率は9%前後とみられているが、2010年の実質GDP(国内総生産)伸び率は10.3%と、潜在成長率を大きく上回った。2ケタの高成長が実現した背景には、政府によるインフラ整備関連の投資の増額、都市再開発にともなう住宅市場のバブルと、インフレ再燃による消費性向の高まりがある。

 だが、7月23日に起きた高速鉄道事故をきっかけに、鉄道などのインフラ整備はスピードよりも安全性を重視する意識が徐々に高まり、関連の投資が減速するものとみられる。そして、じつは経済成長減速の兆しは、すでに表れている。2011年上期の実質GDPの伸び率は9.6%と、やや減速している。このままいくと、2011年の経済成長率は、金融危機下の2009年の成長率9%台前半に落ちる可能性が高い。そして2012年の経済成長は、11年の惰性により、さらに減速する恐れがある。

 これまでの30年間、中国の経済成長率は、年平均10%の水準で推移している。まず、なぜ中国は高成長にこだわるのだろうか。

 この点については毛沢東時代に遡る必要がある。毛沢東は英米に追いつき追い越す大躍進まで試みたが、性急な大躍進戦略は失敗に終わった。その後、トウ小平が復権するとともに、市場開放と経済改革を推し進め、本格的な経済成長が始まった。

 トウ小平の成長戦略ははっきりとした目標をもち、実際の政策運営についてきわめてプラグマティックなやり方を貫いてきた。具体的に、トウ小平が国民に約束した成長の目標は、20世紀末までの20年間で一人当たりGDPを4倍に増やし、「小康水準(そこそこ豊かな生活水準)」まで達成することであった。

 トウ小平改革の特徴は、先に豊かになることを奨励する「先富論」に代表される、インセンティブの付与である。代表的な考え方は、「白猫だろうが、黒猫だろうが、ネズミを捕らえた猫がいい猫である」というものだ。政府によるコントロールを緩和し、国民のやる気を喚起することで、中国経済は急速に離陸した。

 トウ小平が推進してきた「改革・開放」政策から30年余り経過し、2010年に中国の名目GDPは、ドル建て換算で日本を追い抜いて世界2位になった。このことはトウ小平路線の成果として高く評価されよう。だが反面、高成長を追求してきた代価、すなわち、その負の遺産も清算しなければならない。

 トウ小平の改革路線は、もっぱら経済成長を推進する反面、富を公平かつ平等に分配するための制度構築を行なってこなかった。また、一部の者が先に豊かになることへの奨励は改革を推進するきっかけとしてはよかったが、大多数の国民が改革の果実を享受できる所得水準のボトムアップは図ってこなかった。

 さらに政府は高成長を急ぐあまり、限られた財源と資源を重工業などの成長産業に傾斜して充てているが、環境保全には真剣に取り組んでいない。政府は環境破壊の統計を正確には発表していないが、都市部を流れる川の90%は、重度の汚染に陥っているといわれている。また都市部では、多くの子供が喘息を患っているが、その正確な統計はない。これらはまさに、成長を最優先にしてきたトウ小平路線の代価だった。

 中国社会を考察すれば、すぐにわかることだが、高成長が続き、生活のなかで幸せを感じるはずの国民は、ある種の焦燥感に包まれている。自分の所得の伸びが経済成長率を下回れば、それは勝ち組との所得格差が拡大することを意味する。人びとは、いまの高成長に置いていかれるのを恐れている。その結果、中国人の幸福指数(HI)は依然として、世界最下位のグループに属している。

中国は「市場経済」なのか

 中国政府は1990年代半ば、市場経済への制度移行を宣言した。しかし、それは計画経済への決別を意味するものではない。現に、それから20年近く経過したいまでも、国有企業は電力や水道などの公共事業だけでなく、鉄鋼や石油など重厚長大の基幹産業を独占している。何よりも、毎年、政府が実施する巨額の公共投資のほとんどは、国有企業が受注している。

 国有企業が支配的な立場に位置するからこそ、中国経済の生産性は上がらない。たとえば、中国では単位GDPのエネルギー消費量は日本の9倍にのぼるといわれている。長期的にみれば、資源不足は中国経済のボトルネックになる可能性が高い。

 本来ならば、市場経済では、資源が不足しがちになれば資源価格が上昇し、産業界は資源の利用効率を上げるように努力する。しかし中国の場合は、市場のメインプレーヤーは国有企業である。国有企業は資源浪費を助長しているのだが、それは政府によって保護されているためである。

 たとえば、中国石油などの石油会社は、政府から巨額の補助金の補てんを受けると同時に、石油価格は国際価格に連動させて変動するような仕組みになっている。その結果、中国の石油会社は毎年、巨額の利益を享受している。同様の現象は、製鉄やアルミ精錬などにおいてもみられる。

 現在の制度では、国有企業は市場を支配し、公共工事などを優先的に受注する。何よりも、国有企業の資金調達は、国有銀行から優先的に借り入れることができる。それに対して、民営企業は政府の公共工事を受注しようとした場合、よほど独占的な技術力がなければ、ほとんど仕事は取れない。民営企業は国有銀行から資金を借り入れようとしても、担保資産がなければ、門前払いされることが多い。

 このような中国の経済システムはいったい計画経済なのだろうか、それとも市場経済なのだろうか。

 おそらく政府による経済の統制という意味では、いまの中国経済は依然、計画経済の色彩が強い。部品製造や小売りといった産業は民営企業が参入できるようになっているが、民営企業は依然として補完的な役割しか果たしていない。

 無論、国有企業に比べ、民営企業の生命力は旺盛であり、公式統計によれば、民営経済はGDPの6割をつくっているといわれている。また、民営企業の多くは低付加価値の業種であり、6割以上の雇用を吸収している。政府によって軽視されている民営企業が中国経済に大きく貢献していることも事実である。

 だが、2008年のサブプライム問題をきっかけとする金融危機以降、中国政府は景気の減速を恐れ、同年11月に4兆元の公共投資の実施を発表したが、その投資のほとんどを国有企業が受注した。このことをきっかけに、本来、民営化するはずの国有企業は息を吹き返し、「国進民退(国有企業が前進し、民営企業が後退する)」といわれるようになっているのである。

引き締め政策をためらう政府

 いかなる経済政策を実施する場合でも、その目標を明らかにしておくことが重要である。いまの中国の経済情勢を鑑みて、どのようなポリシーミックスを実施すべきか。それを考えるならば、これ以上の高成長を維持するよりも、安定した成長をめざすことが重要であろう。

 しかし、中国の政策当局者の言動をみると、依然として高成長の路線を堅持しようとしている。胡錦濤国家主席は最近の談話で、下期の経済政策について引き続き適度な金融緩和を続けていく、と述べている。また周小川人民銀行行長(中銀総裁)は、一定のインフレを寛容的に受け入れるとして、利上げなどの金融引き締めに慎重な姿勢を示している。

 もっとも、中国の政府部内で経済政策はけっして一枚岩ではない。温家宝首相は、断固とした姿勢でインフレを退治するとしている。政府系シンクタンクの中国社会科学院も、悪性インフレの危険性を警戒すべきと繰り返し警鐘を鳴らしている。

 では、実際の状況はどのようになっているのだろうか。

 一言でいえば、表の繁栄ぶりとは裏腹に、低所得層の生活難は、インフレ再燃によってそうとう深刻化している。国家統計局が公表した物価統計によれば、11年上期の消費者物価指数は前年同期比で5.4%上昇し、そのうち食品価格は同11.8%も高騰した(図参照)。そもそも低所得層の家計は食品関連の支出が多く、エンゲル係数が高い。食品価格の高騰は、低所得層の家計に大きなダメージを与える。

 なぜ食品価格が急騰しているのか。その原因はやや複雑である。

 第一に、経済開発と砂漠化の進行にともなう農地の減少による供給不足である。第二に、化学肥料や農薬など農業資材の値上がりによるコスト高。第三に、洪水や干ばつなどの自然災害。第四に、流通システムの不透明さに起因する買い付け業者の勝手な値上げ。それに加え、国際市況の高騰の影響も大きい。高騰している食品価格をいかに抑えるかが政策当局にとって緊急な課題になっている。

 一方、住宅価格の高騰を中心とする資産バブルも気がかりである。本来、中国では土地は公有制であり、住宅は国有企業によって割り当てられていた。90年代に入り、国有企業の会社化、さらに民営化が進み、従業員に住宅を提供しなくなった。国有企業従業員も、賃貸か、直接購入するようになったのである。

 いまでも、土地の所有は公有であるが、地方政府はデベロッパーに土地の使用権(定期借地権)を払い下げ、デベロッパーは開発したマンションやアパートを販売している。

 問題は、人口が13億人の中国において、土地資源は絶対的に不足すると思われていることである。

 住宅市場がバブル化する背景には、旺盛な需要、金融市場の過剰流動性、投機筋の住宅投機などがある。同時に、住宅市場の飛躍的な発展は、鉄鋼、板ガラス、建材、家具などの産業に波及し、経済成長をけん引している。中央政府は住宅バブルの崩壊を恐れ、引き締め政策を実施するとしているが、地方政府はそれに呼応しない。現在の制度では、土地の払い下げの売上げは、地方政府に帰属するからである。

 結論をいえば、中央政府は景気減速を恐れて、断固とした引き締め政策の実施をためらっている。そして地方政府は、住宅バブルから多大な利益を享受しているため、引き締め政策に抵抗している。いうまでもないことだが、デベロッパーにとっても住宅価格が上昇すればするほど、利益が上がる。唯一、住宅を購入する家計のみが、住宅価格の高騰に大反対しているという状態なのである。

大量の雇用を吸収できない

 中国政府がこれまでの高成長戦略からなかなか脱却できない背景には、種々の思惑がある。

 一つは、経済の高成長は共産党の正当性を説明するうえで重要であり、中国社会の求心力を高めるうえでも不可欠と思われている。もう一つは、地方政府にとって地元経済の高成長は、その首長の業績として評価されるため、いかなる犠牲を払っても高成長を求めようとする。さらに、雇用情勢が厳しい中国では、高い経済成長率が雇用を吸収してくれると期待されている。

 しかし、皮肉なことに、中国経済の高成長は現在、中国社会の求心力を高めるどころか、逆に政府に対する批判を日に日に高めている。雇用情勢がほとんど改善されていないからだ。設備投資やインフラ投資にともない、製造業の労働生産性は、徐々にではあるが高まっている。その結果、経済成長による雇用吸収の力が次第に低下している。

 そもそも、経済成長は雇用を吸収するための手段ではなく、経済政策とマーケットプレーヤーとの活動の結果である。雇用情勢が悪化していれば、雇用をつくり出す産業を振興する必要がある。中国の場合、農業に過剰労働力が含まれているが、それをその他の産業に移出していかなければならない。

 これまでのところ、中国政府は労働集約型産業の振興で、農業の過剰労働力を吸収する努力をしてきた。しかし、経済発展とともに、製造業の労働生産性が徐々に上昇している。マクロ的にみて、製造業によって吸収されている労働は全体の20%程度であり、これ以上拡大する見込みはない。

 しかも、これより先のことを考えれば、経済成長にともなう人件費の上昇が予想され、玩具やアパレル加工といった労働集約型製造業は徐々に、中国からミャンマーなど人件費の安い東南アジア諸国に移出されると予想される。その結果、製造業による雇用の吸収は次第に弱まり、このままいくと、経済が成長すればするほど雇用が難しくなる。

 では、どのようにして、雇用機会をつくり出せるのだろうか。

 出口は一つしかない。サービス産業を雇用を吸収する受け皿とすることである。「改革・開放」当初の中国では、第一次産業のウェイトは28.2%であったのに対して、第二次産業は47.9%であり、第三次産業は23.9%だった(いずれも1978年)。2010年には、第一次産業のウェイトは10.2%に低下し、第三次産業は43.0%に上昇した。ちなみに、第二次産業のウェイトは40.2%だった。

 先進国化していく中国経済を念頭に、第三次産業のウェイトは今後、上げていかなければならない。なぜマクロの経済成長に比べ、第三次産業の発展が相対的に遅れているのだろうか。サービス産業を中心とする第三次産業が発展する前提は、規制緩和である。中国では、金融、通信、情報、物流といったサービス産業に対して、中央政府または地方政府は厳しい規制を行なっている。新規参入者にとってのハードルが高いことが、サービス産業発展の妨げになっているのだ。

2012年は契機になるのか

 あと1年ほどで胡錦濤政権は幕を引き、新たな指導者が誕生することになっている。これまでの胡錦濤政権の政策運営を振り返れば、年平均10%強の高成長を維持してきたことで評価されるが、市場経済の制度改革がトーンダウンし、幹部の腐敗について政府の無為無策に対する国民の批判が高まっている。

 振り返れば、胡錦濤政権が誕生する当初、国民は抜本的な政治改革を熱望していたが、実際は、政治改革がまったく進んでいない。胡錦濤国家主席と温家宝首相は、外国の要人と会うたびに、民主主義が人類の普遍的価値と認め、政治改革を断行する意気込みをみせるが、実際の改革は行なわれるどころか、メディアやインターネットに対する規制が強められる一方である。

 考えてみれば、経済こそ高成長しているが、国民の大多数を占める低所得層は、経済成長の果実を享受していない。経済成長はGDPというパイの拡大を意味するものだが、そのパイを分配する公平性は、共産党一党独裁の政治体制の下では担保されない。経済成長の果実を分配するにあたり、権力の核心に近い者ほど有利である。

 しかし、政府に対する国民の監督が制度上、認められていないため、近年、幹部の腐敗が横行し、着服や収賄の金額も国民の平均年収に比べ、天文学的数字と化している。中国国内のマスコミの報道によれば、2月に免職され取り調べを受けている劉志軍鉄道省前大臣はスイスの銀行口座に28億ドルの入金があったといわれている。まさに天文学的数字だ。

 中国経済の潜在成長性を考えれば、新政権になってからも、高成長が続くものと思われる。問題は、市場経済に合致する民主主義の政治体制を構築しなければ、中国社会はますます不安定化することである。

 いままで、政府は国民の不満を力で抑えてきたが、インターネットの時代において、政府の力だけでは、国民の不満を抑えることができない。胡錦濤政権にとり、残りはわずか1年程度となり、抜本的な大改革を成し遂げることは考えにくいが、自らの功績として、また次期政権に重要な遺産を残すためにも、民主主義の政治改革の方向性を明確にしておくべきである。

 最後に、2012年の中国経済を展望してみよう。2012年は政権交代の年であり、ある程度の高成長の維持と、安定した社会情勢が不可欠である。

 だが、問題は中国経済を取り巻く外部環境が急速に悪化していることである。アメリカとユーロ圏の経済は、国債の信用格付けの引き下げをきっかけに、信用不安に陥っている。輸出依存の中国経済は、それによって減速する可能性が高くなっている。

 景気を下支えするために、金融緩和政策の実施が求められているが、中国国内のインフレと住宅価格が高騰しているなかで、安易な金融緩和策の実施は禁物である。換言すれば、世界2番目にまで発展した中国経済は世界経済のアンカーにはまだなっていない。この段階で大規模な財政出動の実施も考えにくい。

 中国経済を取り巻く世界経済情勢は不透明さを増している。

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