「現実」を無視した憲法論議は、やってもムダです
2017年04月20日 公開 2022年12月15日 更新
「首相公選制」論者はアメリカを誤解しているだけ
衆議院の意思と関係なく、国民が直接投票で総理大臣を選んだとしましょう。衆議院の多数派が、その総理大臣を支持するとはかぎりません。ただでさえ衆議院(内閣)と参議院のねじれで苦しんできたというのに、今度は内閣と衆議院をねじれさせようというのでしょうか。なんの解決策にもなりません。
首相公選制を言い出すのは、決まってアメリカ大統領に憧れたミーハーさんです。しかし、アメリカ大統領が慢性的に議会に小突き回され、あげくは連邦最高裁のほうが権力を持っているというアメリカ憲法の実態を知っているのでしょうか。
アメリカ大統領が万能の権力を持っているのは戦争のときだけです。議会が戦争状態を宣言すると、大統領には期間限定で独裁者並みの権力が与えられます。外国人にとってはアメリカの内政など無関係で、戦争のときの「強い大統領」像しか見えませんから、万能に見えるだけです。そもそも大臣にあたる長官を任命するのにも議会の承認がいるのです。つまり、大統領は人事権を持っていないのです。
日本の憲法論議で「首相公選制」を言い出す人は、まっとうな比較憲法学の議論を知らない人なので、無視してかまいません。
憲法に関して、世界の模範はアメリカではなくイギリスです。普通の国の代表としてあげてよいでしょうが、北欧やベネルクス(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)の君主国はイギリス憲法の真似をして総選挙で首相を選ぶ議院内閣制を採用しています。ドイツやイタリアのような共和国も象徴大統領制のもとで議院内閣制です。すべて日本と同じです。これはイギリス議会の所在地にちなんで、ウェストミンスターモデルと呼ばれます。
当用憲法第五章「内閣」は、基本的に変えなくていいのです。問題は、立憲的な運用をするかどうかです。「条文に違反しなければ何をしてもいい」という当用憲法の思想と決別することこそが重要なのです。
憲法政治の美果を得るには、政治家と国民の双方の意識改革が必要です。
まず、民主政治の前に、国家基本政策で主要政党の間で合意がなければなりません。イギリスでは保守党と労働党が二大政党ですが、政権交代をしても安全保障の根幹は揺らぎません。イギリスのリベラル派を代表する労働党の首相だったブレアなどは、アフガン戦争でもイラク戦争でも、保守党政権でもここまでやらないだろうと思うほどアメリカに協力的でした。政権交代をしたらアメリカを敵に回す、などはイギリス政治ではありえません。
イギリス憲法は大英帝国の進運とともに発展しました。戦争に勝って富を集め、福祉を国民にばらまく。そのためには首相が議会で演説して国民の支持を集め、喜んで税金として差し出させて軍隊に予算を配分する。大英帝国が強かったのは、国民の動員を可能にする憲法政治が原動力となっていたからです。イギリス憲法は戦争に勝つために存在する、と言っても過言ではないのです。大英帝国絶頂期の二大政党は保守党と自由党ですが、保守党が植民地拡張の帝国主義を前面に押し出す「大英国主義」なのに対して、自由党が経済的実益を重視する「小イギリス主義」という違いはあっても、「七つの海を支配する大英帝国」という「イギリスの国益」に関して合意しているのです。
不文のイギリス憲法を成文化したと称されるのが、ベルギー憲法です。ベルギー憲法は国王の規定より先に領土の規定があります。なぜなら、小国ベルギーでは王室の前に領土がなければ国が存立しえないからです。王室は国外に亡命することがありますが、故郷の地に帰ってこなければ、国が存在していることにはならないのです。「戦争に勝つ」と言うことに語弊があれば、ベルギー憲法は戦争に負けないために存在するのです。
翻って、わが国はどうでしょうか。
そもそも軍隊を持つのか持たないのかに関してすら、合意ができていない稀有な国です。国家基本政策の合意などありません。
自民党の麻生太郎総理は、就任直後に日米安保条約の堅持を高らかに宣言してきました。よりによって国連で。麻生総理を批判して政権を奪取したのが民主党の鳩山由紀夫代表ですが、その公約が「アメリカは沖縄から出ていけ」です。これでは国際社会から信用をなくすでしょうし、内政も安定するはずがありません。
憲法とは国のあり方を決める根本法、国家経営の基本法なのです。だから、憲法を考える大前提は国家基本政策なのです。
主要政党、せめて二大政党の基本政策がしっかりしてくれなければ、国家は安定しないのです。どんな憲法の条文にしてもムダです。