東大で立ち見続出の授業で、物理学者が伝えたかった「考える力」
2017年07月24日 公開 2024年12月16日 更新
世界史が書き換えられ、「考える力」が必要とされる時代
誰しも「考える力」を身につけたいと思っていることでしょう。
しかし、知識やスキルは学ぶことはできても、「考える力」を鍛える方法は皆目見当がつかないと考えておられる方が多いのではないでしょうか。そもそも、「考える力」が鍛えられるということ自体が一般には浸透していないのかもしれません。
ところが、「考える力」だけでなく「創造力」さえも意識的な努力の積み重ねによってシステマティックに鍛えることができるのです。ではどうすればよいか。
それをお伝えしたく、私は『東大物理学者が教える「考える力」の鍛え方』を執筆しました。
本書の内容は、もともとは私が東京大学のフレッシュマンを対象に行った授業の内容を敷衍したものです。そのような授業を行った動機は、このようなアカデミックスキルが高校までの教育ではもちろんのこと、大学でもほとんど教えられていないという現状を少しでも改善したいということでした。
くしくも、次期学習指導要領では、「思考力・判断力・表現力等の育成」が予測が困難な未来を切り拓いていくために必要な力として一層重要視されるようになります。日本の初等中等教育のレベルがすでに世界トップのレベルにあることはよく知られていますが、そのような現状に甘んじることなく、日本の教育システムをさらに進化発展させるためにこれらの目標が設定されました。
今話題の「アクティブラーニング」はまさにこれらの能力を身につける手段なのです。これらのうち、「判断力」と「表現力」を身につけるためには「思考力」が必要なので、「考える力」を鍛えることはこれからの社会を生き抜くためのまさに中心的課題であるといえます。
現在は、世界史が大きく書き換えられようとしている時代です。時々刻々変化する世界情勢の中で、資源が乏しく少子高齢化が急速に進行している日本が今後も繁栄を維持するためには、変化に対応できる人材を育てるしかありません。
そのためには、しっかりとした「マニュアル力」の基礎の上に「考える力」と「創造力」を鍛える必要があります。その意味で、今まさに「考える力」を要求されている大学生だけでなく、自ら課題を見つける「創造力」を日々要求されている社会人の皆さんや、大学や社会でどんな力が必要とされているかを知りたいと思っている中高生のみなさんにも本書を活用していただければこれ以上の幸せはありません。
「考える」能力は「頭の良さ」と同じではない
では、「考える力」とはそもそも何なのでしょうか。
みなさんは、「考える」ということについて、考えてみたことはありますか。
私たちは一般的に、学校の成績が優秀であったり、試験で高得点を挙げる人を「頭が良い」と言います。こうした能力はたしかに「頭の良さ」の1つの側面ではありますが、それは実社会で求められる能力のごく一部に過ぎません。
たとえば、今まで誰も解けなかった問題を解決する。市場にこれまで存在しなかった画期的な商品を思いつく。想定外の出来事が起こったときに、的確な対応策を考え出す……。このような新しいアイデアを思いつくためには、「考える力」が不可欠です。しかし、この能力は試験問題を解かせるだけでは測ることができません。別種の力だからです。
本書で取りあげた「考える力」はまさに、このような能力です。
歴史上、最も偉大な天才と呼ばれる物理学者アインシュタイン博士は、こんな発言をしています。
“It’s not that I’m so smart; it’s just that I stay with problems longer.”
(私はすごく頭が良いわけではなく、ただ、人よりも長い時間、問題と向き合っているだけだ)
“I have no special talent. I am only passionately curious.”
(私に特別な才能などない。ただ、情熱的と言えるほどに好奇心が旺盛なのだ)
アインシュタインは自ら「頭が良いわけではない」と言っているのです。信じられますか? この言葉は決して謙遜ではなく、彼の本心だと得心することから深い教訓が得られます。
若いころのアインシュタインは、いわゆる万能型の秀才ではありませんでした。大学受験に一度失敗し、物理学者を志していたにもかかわらず、「才能がない」と教授から烙印を押され、助手として大学に残ることもできなかったのです。
就活でも苦労し、友人のコネで特許局に勤めるまでは、家庭教師などさまざまなアルバイトをして生計を立てていました。
普通だったら、この時点で研究者になることは諦めていたと思います。しかし、アインシュタインは諦めずに研究を続けたのです。
彼が世間に認められたのは、大学ではなく特許局に勤めていたときです。1905年、彼は5つの論文を発表します。これらの論文で提唱された「光量子仮説」「ブラウン運動理論」「特殊相対性理論」といったアイデアは、いずれもノーベル賞に値する画期的な発見でした。
今では、この1905年は物理学史上の「奇跡の年」と呼ばれていますが、特殊相対性理論の論文を書いたときのアインシュタインは、まだ物理学博士ですらなかったのです。
受験に失敗し、大学にも残れず、就活でも苦労し、教授から「才能がない」とまで言われた若者が、どうして世紀の大発見をすることができたのでしょうか。
その一方で、こんなケースがあります。
学校では成績優秀で、受験戦争にも勝ち抜き、偏差値の高い大学に進んだ。
そんな優秀な学生が社会に出た途端、とりたてて特徴のない凡庸な社会人になってしまう。あるいは、学生のころまでは周りから天才とみなされていた人が、独自の研究成果を出せずに終わってしまう。このような例は、残念ながら珍しくはありません。
他方、学生のころまでは成績も凡庸で、特に目立った特長のなかった学生が社会で大活躍したり、研究で大きな業績をあげることもよくあることなのです。
この両者の違いを生み出すものは何か、このことを理解するキーワードが「考える力」、そして、「諦めない人間力」なのです。
アインシュタインは、学業では必ずしもよい成績を修めることができませんでした。しかし、彼には本当の意味での「考える力」があったのです。また、普通の人なら諦めてしまうような困難な状況に直面しても、決して諦めませんでした。
「学業成績」と「考える力」─―。この二つは似て非なるものなのです。そして、大きな仕事を成し遂げるためには、諦めずに最後までやり遂げようと思う人間力が必要なのです。
※本記事は『東大物理学者が教える「考える力」の鍛え方』(PHP文庫)より、抜粋編集したものです。