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"勝つ弁護士"が選んだ「敗訴を受け入れる」という戦略

矢部正秋(やべまさあき/弁護士)

2018年10月24日 公開 2019年10月30日 更新

<<国際派弁護士として、グローバルに活躍する矢部正秋氏。"勝つ弁護士"として信頼を集める同氏だが、その著書『プロ弁護士の「勝つ技法」』(PHP新書)で、「あえて負けを受け入れる」というエピソードを披露している。

米国での裁判においてあえて控訴を主張する社長を翻意させ、敗訴を受け入れさせたというが、なぜ、あえて「負け」を選ばせたのか。同書の一節から紹介する。>>

※本稿は矢部正秋著『プロ弁護士の「勝つ技法」』PHP新書より抜粋・編集したものです

 

無理筋な控訴を押し通す社長に、翻意を促したい役員たち

ニューヨークのC弁護士から紹介されたと、ある地方の小さな会社から、専務、常務、取締役の役員3人が相談に来た。

C弁護士からは事前に「ニューヨークで控訴するから、顧客との間に入って連絡役をしてほしい」と話があった。法律英語でのコミュニケーションに、何度か深刻な行き違いがあったらしい。

だが、役員たちによく聞いてみると、C弁護士の話とは違う本音が出た。

「実は、ニューヨークで1億円の敗訴判決が下りました。社長は『理不尽な判決だ、連邦最高裁まで戦え!』といっています。しかし、これ以上戦っても追加の弁護士費用が増えるだけです。小さな会社なので、決して楽ではありません。すでに現地の弁護士費用を3億円払っています」

つまり、「敗訴の1億円を払ってもいいから控訴は、やめたい。社長を説得してほしい」というのである。社長は敗訴で頭に血が上っているのだろう。ここは役員たちの判断に理がある。

C弁護士は1審で報酬3億円を得たうえ、控訴すれば勝敗にかかわりなく、さらに2億円程度の報酬が期待できる。勝つとは限らない控訴を勧めるとは問題あり。やはりアメリカの弁護士は「ビジネスマン」である。

どう対処するか迷った。わたしは一見の弁護士、相手は創業者社長である。経済的合理性を説いても、簡単にウンといわないだろう。下手に説得にかかると逆効果になる。

自分が創業者社長だったらどうするか? 考えあぐんだあげく、「説得」するのではなく、「説明」することにした。勝敗の見通しと高額な弁護士費用について説明し、社長の知らない米国訴訟のリスクも説明し、控訴の全体像を示す。

しかし、どう説明するか? 米国訴訟の資料を作って実態を説明しても、ピンとくるわけがない。

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負けを受け入れることが、最良の選択になることもある

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