転勤制度自体が「専業主婦の妻がいる」前提
6月16日発刊予定の近著『なぜ共働きも専業もしんどいのか 主婦がいないと回らない構造』(PHP新書)で詳しく述べましたが、もともと日本企業において転勤は、専業主婦の妻がいることを前提としています。よほどの事情があっても断ることもできず、家庭生活上の不便は「正当な理由」として認められてこなかった時代があります。ところが、この状況は昨今変化してきています。
2002年施行の改正育児介護休業法で、事業主は「就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」ことに。具体的な配慮の内容としては、家族の状況を把握し、本人の意向もヒアリングすること、それでも転勤をする場合は子育てや介護のための代替手段があるか確認を行うこととなっています。
裁判でも、2004年明治図書出版事件では共働きの妻、重度のアトピー性皮膚炎で週2回都内の治療院に通っている子ども2人、将来介護の可能性がある両親がいることから大阪への転勤を辞退したい旨を申し出た社員に対し、会社側が転勤命令を所与のものとして押し付けるような態度を取ったことが改正育児介護休業法の趣旨に反するとして転勤命令が無効となっています。
労働政策研究・研修機構(JILPT)が2016年に実施した調査によると「社員本人や家族の事情で転勤に関する配慮を申し出る制度や機会がある」という企業は83.7%。配慮を求めている人に事前にヒアリングする企業が38.9%、転勤対象者全員に対して行う企業が37.2%。「有無を言わさずに転勤させる」という風潮は変わりつつあります。
主婦がいないと回らない構造
また、企業が正社員に対して強硬な人事権を発動できるという前提も崩れてきています。これまでも新居購入直後であれば多少の理不尽に遭っても辞めないだろうという前提で嫌がらせのような配置が行われてきたケースは多かったと思います。が、今回の件では、実際にどのような意図や事情があったかは分かりませんが、妻が当面経済的に家庭を支えられることから夫が退職を選び、結果的に企業は人材を失っています。
共働きが増えるなかで、会社側からのさまざまな「ハラスメント」に耐えるメリットはなくなっている。加えて退職してしまえば今回のツイートのように声を上げることもしやすくなり、企業は採用面でも株価の面でもレピュテーションリスク(風評リスク)が大きくなっていると言えるでしょう。
専業主婦の妻と、無限定に働ける男性正社員の組み合わせを前提とした「主婦がいないと回らない」システムは、こうした企業の人事慣行にとどまらず、保育への予算の少なさや学校の仕組みなど社会の様々なところに負の循環構造を作り出しています。この構造は、共働きだけでなく、家事や育児を一手に担う専業主婦のしんどさも、稼ぎ主で仕事を辞めたくても辞められない男性のしんどさも生み出しています。
でも既にこの枠組みは制度疲労を起こしていて、終身雇用も守られなくなっていっている中で、拒否する個人がでてきている。子育て世代だけを優遇しろということではなく、個々人がキャリアを選べるような枠組みに、企業も社会全体も対応していく必要があるでしょう。