ノーベル賞経済学者の危惧「わずかな富裕層が政治を支配する未来」
2019年09月27日 公開 2023年01月13日 更新
資本主義は今のところ最良のシステムだ
――資本主義は行き詰まっている、という声も聞かれます。
【クルーグマン】いえ、資本主義に代わるシステムはありません。過去には(社会主義的な)中央指令型経済が試みられたことがありますが、うまく機能しませんでした。
ゆえに我々は中央集権的でないシステムを求めました。では、それはどのように機能するのか、他の人々が欲しがるものを生産するインセンティブを、どう人々に与えるのか……。結局、「価格」や「私有財産」「所有権」といったものなしには、システムを機能させることは難しかった。
資本主義は気まぐれに採用されたシステムではないのです。現代社会は、なるべくして資本主義になっている。いまのところ最良のシステムだと思うのは、先進国が取り入れている福祉資本主義です。資本主義の粗っぽさをより洗練させた仕組みといいましょうか。
資本主義のように利潤動機、自己利益、市場といった要素に基づくものの、規制と税、国家による給付金制度によって資本主義の厳しさを和らげるというシステムです。
多くの国ではこの資本主義と社会主義を合わせたシステムが採られており、イギリスや日本などでは政府から国民に直接、社会保障がまかなわれるようになっています。資本主義は、福祉の面ではうまく機能しませんから。ただ、協同組合や非営利団体などの働きは限られていますから、やはり基本は資本主義になります。
ユニバーサル・ベーシックインカムも、この福祉資本主義に基づく考え方です。国民全員に納税義務があり、納税額の多寡に応じて給付金を与えるというシステムに近いですから、現行の福祉資本主義にうまく似せた形です。再分配のある資本主義ということですね。そしてこのシステムは、もうずっと前から先進国で適用されています。
国民に30~50%という所得税を課し、集めた税金をさまざまな用途に充てる──ときには国防費になることもありますが、多くは教育や年金、国民保険に使われる──というこのシステムは、他でもない資本主義です。デンマークではGDPの約半分も収税していますが、それでもこの国のシステムは資本主義です。
資本主義というのは結局、利潤最大化と自己利益で、それはどの国でも同じです。ただ、資本主義による経済的不平等をどこまで是正するかという度合いは国によって異なるということです。これは、経済というより政治の話になりますね。
経済学者にとって「黄金期」だったこの10年
――最後に、経済学が果たすべき役割は何だと思われますか。
【クルーグマン】経済予測ではありませんね。少なくとも私は、得意ではない。サブプライムローン問題のときは住宅バブルの崩壊が手に取るようにわかり、思わず予測を口にしてしまいましたが、当たったのはそのときぐらいです。
明日起きることは限りなく今日と同じであり、今後の5年間はこれまでの5年間とほぼ同じであると考えると、予測をしやすくなります。もちろん、世界大戦や経済危機といった予測不可能な出来事が起きたときは別ですが。
経済予測は将来を占うというより、人々の行動の影響、政策の影響などを見るものです。減税や健康保険の適応拡大が社会にどういう影響を及ぼすかと聞かれたら、経済学はとてもいい返答ができます。
実際、2001年から2006年まで日銀が行なっていた量的緩和政策を思い出してください。あのとき経済学者が事前に提示していた見解は、ほぼ正しかったでしょう。
これは私がたまに例として出す理論なのですが、経済には2つの原則があります。
1つは、道端にお金を置いておいたらすぐ誰かが拾うだろうということ。つまり絶好の機会があったら、皆それを利用するということです。もう1つは、モノを売るというのは同時にモノを買うということでもあるのだから、その相互作用を考えなければいけないということ。
この2原則を応用し、それに歴史の教訓と、いま我々が置かれている状況のデータを組み合わせると、多くのことがわかります。すべてを予測することはできませんが、実際のところこの10年は経済学者にとって黄金期でした。世界は混乱していましたが、状況はかなり経済理論どおりになっていたのです。