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名古屋の”徳川家康”が静かに燃やす「京都へのライバル心」

徳川家康(名古屋おもてなし武将隊)&鬼塚忠(作家エージェンシー代表)

2020年05月20日 公開 2022年07月04日 更新

 

江戸は町民、京都は公家、名古屋は…

(鬼塚)名古屋も歴史を掘り起こしたら、京都に負けないほどの観光資源があるということに気づいたのですね。その発見は素晴らしい。ただ、京都には金閣寺、銀閣寺などの歴史的建造物が多いですよね? 不利ではないですか?

(徳川)完全に不利だ。ただ、今から建築物を作り、美しい町並みに変えようと思っても数百年はかかり、京都には敵わない。それだけの財源もない。

だから武将という人物に焦点を当てた。資金を投じて建築物を作るわけではなく、人物に光を当てたと聞く。儂ら6人の武将と4人の足軽が、戦国の世より甦ったのはそれが理由であると心得ている。

とはいえ、儂らもこの世に甦ったとき、何をすれば観光へ良い影響をあたえられるかが皆目見当もつかなかった。発足当初は名古屋開府400年を盛り上げることしか頭になかったが、やっている間に名古屋の観光をどうすれば変えられるとだんだんとわかってきた。

先程人物に焦点を絞る話をしたが、他都市でも同様なことはみられる。京都は公家の町、江戸は町人の町と唱えておりその文化を観光に活かしている。その上では、日本の世界に発信できる「侍」の聖地に名古屋が成りうることが分かった。

「日本文化」という大枠で京都などとは競わず、名古屋はあくまでも武士(もののふ)や有名武将を輩出した武士の町であること、そして武士にまつわる文化を売りにすれば良いと判明したのだ。

確かに京都には旧い建築物が保存されている。名古屋にはない。だが、追随するのではなく別の道を模索した。それが、甦った武将が名古屋の歴史を彩った本人として直々に発信する道だった。だから、敢えて儂らは400年前と同じく、冑を身に纏う。

名古屋は実は魅力的な建築物がないわけではない。城郭として国宝第一号の名古屋城がそれだ。 200年以上日本最大の城として存在したこの城も明治維新の廃城は免れたが、残念なことに太平洋戦争で大部分が焼失してしまった。そしてが、戦後に鉄筋コンクリートで天守閣が建てられ再建が進み今の特別史跡名古屋城となった。

我ら名古屋おもてなし武将隊は、発足以来10年間、この名古屋城に常駐し、観光に来た者たちをおもてなし、各種催し物に出たりながら、名古屋の観光発信をしておる。 

その名古屋城の本丸御殿が2018年に昔の姿を残す形で150億円を投じ忠実に復元された。そして今、江戸の時代と同じように木造の天守閣を再建する計画が注目されている。なかなか予定通りいかず苦心が絶えないようだが、儂も市⺠も木造天守閣の完成を心待ちにしておる。 

 

名古屋の人が名古屋を好きになってくれるきっかけに

(鬼塚)名古屋おもてなし武将隊の活動から目が離せませんが、具体的に地域、つまり名古屋の観光の役にも立っているというデータなどは出ているのですか?

(徳川)我らの活動による経済効果の推計は、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調べによると210億円ということである。この10年間で国や名古屋市から運営費として約6億5千万円の運営費の補填があった。6億5千万円の投資に、210億円の効果は想像以上であったと聞く。

名古屋への影響が少なからずあった事実であろう。実際に、名古屋城の来場者は、我らが再度この世に登場する前の2008年度の125万人前から、2019年度の221万人にまで増え、増加の一因とされている。一方で数字に現れない効果もある。

名古屋に人が訪れ、名古屋に興味を持っていくにつれ、名古屋の⺠自身がこの名古屋を好きになったと聞く。これで名古屋市⺠は故郷に自信や愛着を持つようになった。

もう、タモリなる者に嘲笑されても現世の市⺠が落ち込む心配もない。まあ、儂が統べる時代であれば、このような愚弄は切腹を申し渡すか服部半蔵に命じ忍をつかうが、現世ではそれは儂がお縄となろう。

(鬼塚)当然ですよ。そんなことはできません。今の時代、国を治めているのは人ではなく、法ですから。まあ、観光客の伸びや、実際に出てくる数字は称賛に値します。何が良かったのでしょうか?

(徳川)観光のためには、歴史を掘り起こすことが最も良いと考える。日本人は歴史が好きであり、娯楽の一部として浸透しておる。現世の者のほとんどが我が名を知っていたことに心底驚いたがそのためであろう。

歴史の掘り起こしが名古屋だからできたというわけではない。全国津々浦々どの地方にも、城などの非日常を味わうことのできる史跡があり、偉人と呼ばれる誇るべき人物たちを輩出している。

ゆるキャラにて集客しようとしている土地も多くある。うまくいく場合もあるが、そうでない場合もある。また一時うまくいっていても長く続かない場合も見られる。

その違いは地元に住む者たちが誇るべき今に繋がる過去や、それらを作ってきた人物に繋がっているかどうかが要となっている。まさに歴史である。

観光にはその掘り起こしが一番いい。歴史は時が経っても廃らず、むしろ醸され蓄積される。後世にも引き継げ、活用すれば集客活動の効果や持続可能性は高まるはずだ。

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