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終戦後、朝鮮半島から命を賭して帰国した「祖母の記憶」

鬼塚忠(作家)

2020年08月14日 公開 2024年12月16日 更新

2020年8月15日、今年もまた終戦記念日がおとずれる。75年前のこの日、日本国民は玉音放送を聞き、戦争に敗れたことを知った。玉音放送を聞いたのは日本国内だけではない。在留邦人もまたおのおのの国で玉音放送を聞くことによって日本の敗戦を知った。そこから帰国するために多くの日本人が命を落とした。

今回は、93歳(当時)の祖母に戦争当時の話を聞き書きし、小説『恋文讃歌』として発表した作家の鬼塚忠氏が、執筆の動機や作品について語った。

 

祖母にとっては終戦からのほうが苦しかった

私の母方の祖母テルは、戦争が始まる前に、鹿児島で祖父の達夫と結婚し、当時日本領だった朝鮮半島の元山で教員の職を得、2人で海を渡り、働きはじめましたが、終戦となり、命を落としかねない危険なめに遭遇しながらも祖母は無事に日本への帰国を果たしました。

どれだけの過酷な状況に置かれたのか、そしてそこで何が起こったのかを、できるだけ多くの人に知ってほしいと10年ほど前に、祖母のところへ行き、1週間ほど、毎日3時間ほど話を聞きました。

祖母はすでに90歳を超えていたので、はっきりとした記憶をもとに話したわけではなかったのですが、死ぬことさえおかしくなかった当時の体験は記憶に鮮明に刻み込まれていたようで、話はしっかりと聞けました。

夫婦で異国に行ったのに、夫は戦争に徴収され、祖母は一人で異国に住まなくてはならなかったのですが、妊娠中だったので帰国は出来ません。

戦争直後、ソ連兵が町にいなだれ込んできて、略奪の限りを尽くした。その後も朝鮮人たちから復讐を恐れ、すべての財産を捨て、他の日本人たちと、釜山まで歩いて逃げようとしましたが、その距離は距離は東京大阪間ほどあったそうです。実際には38度線を越えアメリカ兵に助けられたといいます。その間に多くの日本人の仲間が死にました。

日本に帰っても、故郷、鹿児島は焼け野原。夫がいつ帰ってくるかもわからず待ち続けました。

この話と、残存する当時の資料と突き合わせながら、小説『恋文讃歌』として世に出しました。

 

戦火で引き裂かれた夫婦の物語

『恋文讃歌』のあらすじはこのようなものです。

ある日、主人公の青年・隆に母・文子から「祖父の達夫が危篤になったので帰ってきて」と電話がかかってきますが、達夫は昔から何も話さない魂の抜けたような状態で、会話を交わした記憶もなく気乗りしませんでしたが、鹿児島の実家に帰ります。

祖父の入院する大学病院に着くと、祖母のテルは祖父・達夫のベッドの横で、椅子に座り、達夫の手をさすりながら泣きじゃくっています。

そこに、大阪から祖父の戦友だったという勝見が病院にやってきて「達夫さんのような人格者が逝くのはまだ早いし、逝くとしてもとても惜しい」とテルと隆に語りかけます。隆は、本当の祖父は自分の見てきた祖父とは違うと悟ります。

祖母はカバンの中から「324563」と手書きの数字だけが列挙された手紙を取り出し、「達夫さんの書いた手紙。どうやら暗号らしいけど何が書いてあるかわからない」と話します。

そしてテルは二人の過去について語り始めます。達夫は戦前、鹿児島で祖母・テルの家庭教師だった。それがきっかけで、ふたりは交際に発展し、達夫の就職が朝鮮半島に決まった時点で、テルと結婚し、朝鮮半島にふたりで渡ります。

しかしほどなく戦況が怪しくなり、祖父は戦争に駆り出されます。その部隊で、見舞いに来た勝見と知り合います。部隊は満州へ送られ、今の中国共産党につながる八路軍と戦います。しかし、戦いの最中に終戦となり、日本軍はすべて武装蜂起させられます。

日本へ帰国するつもりが、そのままシベリアの奥地へ送られ、抑留者としてソ連兵により、軌道敷設や劇場建設など、極寒のなか強制労働を強いられます。

達夫は通信兵でもあったので、軍の人事機密を知っていると疑いをかけられ、ソ連兵により激しい拷問を受けます。しかし、達夫は自白しないので、拷問ではなく、自白剤を打たれるようになる。それでも言わないので徐々に自白剤の量は増していく。

意識が朦朧としていく中で、祖父は自分が日常生活を普通に送ることができなくなることを自覚し、意識がなくなる前に妻のテルに手紙を書くことを決意します。しかしソ連兵の監視の下、日本語では書けない。そこで祖父は、言葉をすべて数字で書き、暗号にして自分の思いを残そうとします。

その後、テルは生命の危機に瀕しながらどうにか朝鮮半島から脱出し、日本で夫の帰りを待つのですが、帰ってきたのは何も話さなくなった達夫だった―。

そして、孫の隆がこの暗号の謎に迫っていく…という小説ではありますが、ここに書かれた6割のことが祖母の実体験や資料から得られた事実です。

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過去の事実が警告する「現代の危うさ」

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