解剖学者・養老孟司とAIの発展がめざましい棋界に身を置く棋士・羽生善治。AI化は、将棋界、ひいては社会にどんな影響を及ぼすのか。養老孟司と各界のトップランナーとの対談集『AIの壁 人間の知性を問いなおす』(PHP新書)より、内容を抜粋してお届けする。(構成・古川雅子、撮影:吉田和本)
※養老孟司,他著『AIの壁 人間の知性を問いなおす』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです
AI化で「人間本来の暮らし」に戻る余白ができる
【羽生】私の中に一つ、問いかけみたいなものがあるんです。もし仮に、AI化が進んで、仕事をAIに奪われたとしますよね。そのときに「それでも人は働くのか?」という。
「働かなくても生活できるし、生きていけますよ」と言われたときに「働きますか?」と問われたら、私が思うに結構な人が働くんじゃないかなと。
【養老】日本人は間違いなく働きます(笑)。
【羽生】そうですよね。そのときに、自分が本当にやりたい仕事だけやれるようになったら、それはそれで幸せなんじゃないですか、と。仕事が奪われたとしても、本来、やりたくない仕事だったら、代わりにAIにやってもらえばいい。
その代わり、やりたい仕事だけやっていていいんだったら、楽しいじゃないですか(笑)。人間の生き方として、そういうあり方が一番いいのかなと思ったりもします。
でも、やっぱり資本主義の世の中なので、AIを開発した会社が富を独占してしまうとか、そういう格差の問題はどうしても現実には残ると思うんですけどね。AIに仕事を奪われたとしても必ずしも全員が不幸にはならない。そんな気がします。
【養老】突き詰めれば「人の生き方」次第でしょう。結局、AI化が進むと、人は「人生って何だ?」って考え始めて、哲学のところに戻ってきちゃう。社会の中で「頭」だけは特別視されて、都会は頭のいい人が出世するようになってるわけだから。
でも、それはそうじゃないでしょっていうことが、いよいよ証明されてきた。「頭」だけで特別視されていたような人たちこそ、AIに負けちゃうよって世の中になってきたんだから。
ホワイトカラー的な仕事が、AIに置き換えられつつあるのは、もともと「頭」の側に強いバイアスがかかり過ぎていたからですよ。だって、江戸時代に「生き馬の目を抜く」って言ったでしょ?あれ「江戸」つまり東京の人の形容ですよ。田舎の人から見ると、都会の人は頭がよく見えるんでしょ。
頭がいいっていうことは、要するに、人をだますっていうことだよ(笑)。これからは、頭偏重じゃなくて、当たり前のところに人間の価値観が戻ってくると僕は思っている。