なぜ藤井聡太棋聖は「AI超えの棋士」と呼ばれるのか?
2020年01月30日 公開 2024年12月16日 更新
史上最年少記録を破りプロ棋士としてデビューし、その後も破竹の勢いで数々の最年少記録を打ち立て続ける棋士の藤井聡太氏。
そんな藤井聡太氏を幼い頃から見守り続けてきたのが、師匠として知られるプロ棋士の杉本昌隆氏。「幼いころ、将棋で負けると盤を抱えて泣きじゃくっていた」と改装する同氏の新著『悔しがる力』より、知られざるその素顔にを明かした一節を紹介する。
※本稿は杉本昌隆氏『悔しがる力』(PHP研究所刊)より一部抜粋・編集したものです。
藤井聡太からみえる「人間の可能性」
藤井の功績でむしろ私が注目したいのは、日本将棋連盟がその年度に功績を残した棋士に与える第46回将棋大賞(2019年4月発表)の将棋の内容です。藤井は記録部門で「勝率1位賞」とともに、選考部門で「升田幸三賞」を受賞しました。
ちなみにMVPにあたる最優秀棋士賞は、2018年度に2つのタイトルを獲得し、名人への挑戦権も獲得した豊島将之二冠でした。
升田幸三賞は、一生をかけて数々の独創的な戦法を編み出した昭和の名棋士、升田幸三実力制第四代名人にちなんで創設された賞です。アマチュアにも優勝の可能性があるところが特徴です。
対象となったのは、竜王戦ランキング戦5組決勝で藤井が石田直裕五段を相手に指した「7七同飛成」という一手でした。戦法ではなく、一つの手が対象となるのは異例です。
藤井が不利と思われていた局面で、強力な飛車を相手の歩と交換して相手玉に迫るという、まさに「肉を切らせて骨を断つ」一手でした。
相手を窮地に追い込む勇猛果敢な踏み込みと、その後に続く針の穴を通すかのような精密な寄せ。見ていた棋士も驚愕の大技でした。間違いなく将棋界の歴史に残る一手であり、誰もが納得の受賞です。
なお、AIにこの数手前を検索させてもなかなか7七同飛成までたどり着きません。これは「全幅検索」ですべての手を読むAIと、「大局観」によって最善手を絞り込める人間との差です。
日常ではAIの膨大な演算能力に人間の感性はかなわないことがほとんどです。しかし藤井聡太は違う。一点で絞り込んで唯一の勝ち筋を見つけ出しました。藤井が「AI超えの棋士」と言われる所以です。
彼を見ていると、人間の可能性を感じます。
まわり道する才能
最近、藤井が奨励会に入る前の8、9歳の時の棋譜を見る機会がありました。藤井本人が手書きで書いた研修会の棋譜です。
平手で中学生を相手に指した将棋、私と駒落ちで指した将棋もありました。数局を見ましたが、どれもとても刺激的でした。
レベルが非常に高く、相手は全く付いていけないまま圧勝しています。さまざまな勝ちパターンを持っていますが、いずれも勝ち方が鮮やかで華麗です。
まっすぐ狙うのではなく、跳ね返りを計算して勝つ指し手が目立ちます。銃を撃って跳弾を利用して当てるような戦い方は、見ているだけでスリリング。子どもなので計算はしていません。おそらく単にそんな将棋が好きなのでしょう。
駒を捨てる手が多いのは、明らかに詰将棋の影響です。普通に守っていれば勝つところを、わざわざ危なっかしい勝ち方をする。だから安定感はありません。相手がプロなら咎められてしまう(相手の緩手などを見逃がさず、攻める)ところです。
しかし、その手が浮かぶのは間違いなく才能です。棋士10人に見せて1人も予想しないような勝ち方でした。
私見ですが、藤井のタイトル挑戦だけに絞って考えた場合、若さを武器にこのころのアクロバティックな将棋に終始したほうが、早く実現できていたかも、と思うことがあります。
極端に言えば、将棋は「終盤で相手に一回間違えさせたら自分の勝ち」。指し手の良し悪しを別にして、相手の意表を突くことで動揺やミスを誘発しやすいからです。
ただ、それでは安定感がなく、勝つための精度も低いでしょう。挑戦まではできても、その先は届かないかも知れません。
藤井もわかっているのでしょう。インタビューでよく「自分の力ではまだ足らない」と答えています。これは目先にこだわっていない、かなり先を見据えた発言と見ます。
最近、藤井の将棋が変化しています、一言で言えば「かなり渋く」なりました。守りも得意になり、じりじりとしたもみ合い、我慢比べをしているのをよく見ます。言わばマイナーチェンジ。勝ちパターン、芸域を増やそうとしているともいえます。
藤井がタイトルに挑戦する時は、過去の若い挑戦者とはまた違う、万全の実力を身に着けた状態で来るはずです。