トランプ元大統領はなぜ敗れたのか…勝負を決めた「がん治療と宗教」
2021年03月01日 公開 2022年10月17日 更新
福音派とは異なりオンライン・ミサを徹底したカトリック教会
バイデンが信仰するカトリックの教会は、バチカンを中心にキリスト教福音派とは異なるコロナ対策を行っている。臨終に立ち会うのが司祭などのカトリック聖職者の務めであり、また土葬の伝統があることで、コロナ感染症は容赦なく聖職者と葬儀への参列者に対しても猛威を振るった。
北イタリアで50~60人以上の司祭のコロナ感染症による死去を受け、バチカンは態度を一転し、ミサなどの祈りの集会から臨終の立ち合いまでほとんどすべてをオンラインで行い、そして歴史と伝統の土葬を止めるなど一早く、英断に出た。
世界中のカトリック教会は、米国だけでなく、例えば日本やフィリピンの小さな教区でも、対コロナ対策についてはバチカンの方針に瞬時に従い、ミサは原則オンラインの命に従うことになった。日本でも東京の菊池功大司教のミサがYouTubeで発信された。
また四月のイースター(復活祭)ミサは、フランシスコ教皇がバチカン内で、少数の司祭以外はほぼ無観客で行ったものが世界中にオンラインで一気に発信された。
また司祭や神父は、デジタル・ロザリオを活用し、オンラインで相談を受けたり、死生学についてレクチャーをしたりするなど、失業、貧困や孤独に悩み苦しむ信者たちの心のケアを行っている。
現教皇フランシスコと親しいバイデン大統領
現教皇フランシスコは、癌治療や環境問題などについても、宗教と科学(医学を含む)との対話に非常に積極的であり(本人が化学の学位を持つことも影響しているだろう)、2015年に出した地球温暖化についての225項目に及ぶ回勅「ラウダート・シ」では、気候科学者の多くのデータを採用した。
バイデン家はカトリック信者であり、しかもカトリック保守ではなく、ケネディ家以来の民主党のリベラルなカトリックの系譜であり、現教皇フランスコと近い関係にある。
コロナ感染症についても、フランシスコ教皇のオンライン・ミサ導入や、死生学としてのカトリック信仰、また貧困層への救済活動や、カトリックの社会回勅と親和性の高いニューディール的な方向性、またコロナ危機に対する柔軟で必要不可欠な政策に敬意を表している。
科学と冷静な対話をする政権がもたらす希望の光
バイデンとフランシスコ教皇の直接的な接点として主なものは、2016年4月に開かれたバチカン・科学アカデミー(生命倫理学などを扱う)であろう。
医師などが多く招かれ、例えば胚盤胞移植による癌治療について、キリスト教的倫理に反するのではという議論があったにもかかわらず、フランシスコ教皇は、癌患者の命を救うという理由から、生命倫理的には問題ないとし、これを承認した。
バチカンが承認する前、米国のブッシュ・ジュニア大統領政権下では、この癌治療のための胚盤胞移植はキリスト教的倫理に反するとして、福音派の反対もあり認められていなかった。
その後、米国ではオバマ政権誕生後、当時副大統領であったバイデンが後押しし、この胚盤胞移植による癌治療が承認されている。
バイデンが、このバチカン・科学アカデミー大会に参加した最大の理由は、将来を民主党政治家として有望視されていた46歳の若さの長男、ボー・バイデンを脳腫瘍(癌)で亡くして(2015年5月)一年足らずであったからとされている。
癌治療という医療分野でのバイデンとフランシスコ教皇の「出会い」は、地球環境問題という民主党の重要な政策や選挙公約の面でも関わることになる。
トランプを支持する熱狂的な福音派の集会やメガ・チャーチの礼拝は、コロナに敗北を強いられた。その代わり科学と冷静な対話をしたカトリックが、バイデンに勝利をもたらした。
それはあくまでも理想主義的な言説であり、現実には多くの困難に直面する政権となるだろう。それでもコロナ禍で分断が強調されるアメリカで、新バイデン大統領に希望を見出さずにはいられない。