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常連客のキツい一言が、京都の美食を支えている

柏井壽(作家)

2021年04月22日 公開 2024年12月16日 更新

見込みのない料理人には……

これと似たようなことは幾度となく目にしてきました。言うほうも聞くほうも、無難な話がいいに決まっています。

他人に対して苦言を呈するのはなかなかできないことですが、たいせつに育てたいと思っているからこその苦い言葉で、見込みのない料理人に対してはスルーする冷たさも京都の旦那衆は合わせ持っています。

Bというお鮨屋さんのカウンターで知人の学者Cさんと隣り合わせの席になりました。食通としても知られ、地元の新聞にときおり食のエッセイを寄稿しておられます。 

そのお鮨屋さんはワインの品揃えも豊富で気に入って通っていたのですが、だんだん精彩を欠くようになっていました。おそらくは東京からお越しになる富裕層のお客さんたちが、平気で高額ワインを開けることで売上が急増したことが原因だろうと思います。

ワインを飲みながら静かにひとり鮨を愉しんでおられたCさんは、思ったより早くお勘定をして出ていかれました。しかし取り立てて店の主人に苦言を呈することもなく、にこやかな表情を残して出ていかれたので少し意外な感じがしました。

それから半年後でしたか。ビストロで偶然お会いしたとき、気になっていたBの鮨のことを訊きましたら、こう答えられたのです。

――高いワインを売って楽することを覚えたら、なかなかもとには戻れんみたいですな。なにを言うても無駄やと思うたんで、だまって帰りました。もう二度と行くことはないでしょう。

いっときの気の迷い程度であれば進言したりしますが、別の世界へ行ってしまったと思えば、黙って去っていくのが都の旦那衆の怖いところです。

旦那衆と言っても、いわゆる大店の旦那だけでなく、先に挙げた学者さんや弁護士、お医者さん、お坊さんなど、その職業は多岐にわたりますが、総じてお金にあかせてではなく、真摯にお店や料理人と向き合っています。

残念ながらそういうひとは減るいっぽうなのが心懸かりです。

 

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