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元台湾デジタル相、オードリー・タン氏が「違法のようなAirbnbに泊まった」理由

オードリー・タン(元台湾デジタル担当政務委員)、楊倩蓉(取材・執筆)、藤原由希(翻訳)

2024年12月18日 公開

会議に次ぐ会議で時間を奪われているビジネスパーソンは少なくないでしょう。そこで参考になるのが、台湾のデジタル担当大臣にも抜擢された「若き天才」オードリー・タンが構築した、「無駄な会議を開かないメカニズム」です。オードリーが実践した、効率的に話し合いを進めるための施策について解説します。

※本稿は『オードリー・タン 私はこう思考する』(かんき出版)より一部を抜粋編集したものです。

 

「大まかな合意」に達するための4つのステップ

2016年、オードリーがデジタル担当大臣として入閣したのち、政府には大きな変化が起きた。それは、無駄な会議を開かないメカニズムができたことだ。昔から職員は会議に多くの時間を奪われてきた。

特に、管理者は毎日大小さまざまな会議に出席する。いかにして効率的に話し合いを進め、参加者に進んで自分の意見を語ってもらうか、つまり「無駄な会議をしない」かは、仕事の進展を左右する重要なカギとなる。

オードリーの会議では、毎回必ず前回の議論に基づいて話し合いを始める。最後は全員が「大まかな合意」に達していれば、すぐに実行に移すことができる。では「大まかな合意」とは何だろうか。それは「満足ではないが、みんなが受け入れられる」という結果を意味する。そこを出発点として次の一歩へと進めば異論は出にくい。

では、「大まかな合意」に達するためにはどのように会議を誘導すればいいのか?オードリーが用いるのは「焦点討論法(ORID)」と呼ばれる手法だ。これは2005年にカナダ文化事業協会(ICAカナダ)が発表した、グループ内のコミュニケーションを強化するための手法だ。

ORIDでは、4つのステップに基づき問いかけを行う。「事実や現況を観察する(Objective)」「感情や反応を語る(Reflective)」「解釈を見つける(Interpretive)」「次の行動を決定する(Decisional)」という段階を踏み、グループを一歩ずつ効果的なコミュニケーションへと導きつつ結論を明確にしていく。

これは特に参加人数の多い会議に適している。人数が多いと意見がばらつき、議論が停滞しやすいが、ORIDによって異なる意見を少しずつ集約し、会議の本筋へと議論を集中させることができる。

 

全員を同じ思考ルートへ導く

オードリーはORIDに加え、「ダイナミック・ファシリテーション」の手法で会議を主導する。デジタルホワイトボードを使い、投影や配信の形で自身のノートを共有する。そのなかで参加者から出された問題について、段階ごとに付箋を貼るようにして分類していく。証明可能な事実には青い付箋、それらの事実がもたらす感想には黄色い付箋、感想から導き出されたより具体的な提案には緑の付箋、提案のうち実行可能なものにはオレンジの付箋といった具合だ。

まるでじょうごのように、まずはみんなの自由な発言を広く集め、考えを少しずつまとめて、会議における最も重要な目的、すなわち「実行可能な行動」へと導いていく。

この「少しずつ」という点が最も重要だ。議題に対するそれぞれの感想や、客観的事実に対する反応を共有するという段階をスキップして、いきなり意見や答えを出し合おうとすればどうなるか。互いの頭のなかにある「客観的事実」はバラバラのままで、話し合いはいつまでも平行線をたどり、永遠に交わらない。

それぞれが好き勝手に発言し、互いの感想を理解しないままでは一定の合意に達することは困難だ。このような状況では、会議は長引くばかりで、結局、上意下達の形をとるほかなくなる。みんなは上司の命令を聞き、言われたとおりにやればいい。会議は形ばかりで無意味なものになる。

オードリーはよく、カナダの詩人レナード・コーエンの言葉を引き合いに出す。「すべての物にはひび割れがあり、そこから光が差し込む」ひび割れを作ることこそが会議の目的だと考える。この議題の問題点がどこにあるかをみんなが共有できれば、それが光の差し込むひび割れとなる。会議の目指すべき方向はそこなのだ。

 

全員にとって共通の経験を作る

ORIDでは、最初に今回の討論についてみんなの焦点を合わせていく。「この考えを支持する理由は?」「どんな感想を抱いた?」「その感想に至らせたのはどんな客観的事実かを覚えている?」こうした問いかけを通じて、みんなのバラバラの思考を少しずつ一つの思考ルートへと導いていくことによって、初めて「大まかな合意」にたどり着ける。

もし、相手が話す事実をまったく理解できなかったとしたら、それは相手との間に共通の経験が不足していることを意味する。「大まかな合意」に至る前に、重要な前提が一つある。それが「共通の経験」を持つことだ。

たとえば、ウーバー(Uber)がタクシー運転手の免許を持たない人をドライバーとして募集している件について討論する場合を考えてみよう。タクシーに乗った経験は誰にでもある。そのときの体験や感想はそれぞれ違うにしても、「自分自身の経験として知っている」という前提のもとで議論を展開することができる。

もし共通の経験がなければ、相手の話が堅苦しい意見の押しつけに聞こえてしまい、耳を傾けることも理解することもできなくなってしまう。共通の経験があれば、くどくど話さなくても相手は理解してくれるから、相手の思考に沿って説明するだけでいい。

共通の経験を持たないまま議題に対する考えを共有しようとすると、大きな壁にぶつかる。共通の経験に基づかなければ漠然とした理解にとどまり、本物の感想を抱くことができない。脳内補完するにも限界がある。だからこそ、会議の進行役にとって共通の経験を作ることはなにより重要なのだ。

オードリーは会議を開く前に必ず、議題となる事柄について実際の状況を自ら体験して確かめる。ウーバーに関する会議の前には台北中のウーバーブラック(高級ハイヤーの配車サービス)のほとんどに乗ってみた。エアBNB(Airbnb)に関する会議のときは、一見すると違法のような部屋に泊まってみたし、酒類のネット販売が議題のときは、実際にネットで酒を買ってみた。ただし、飲んではいない。

 

実際に足を運んで体験する

オードリーが入閣の際に行政院に出した条件は、週に何日かオフィスへ行かない日を設けることだけではない。どこで仕事をしても業務とみなすこと、つまり、働く場所に制限を設けないことだ。行政院のオフィスにはいなくても、ソーシャルイノベーションラボにいるか、台湾中を歩き回って立法院の公聴会や会議での議題となる事柄について実際に体験し理解を深めている。

台湾南端近くの町・恒春(こうしゅん)へも、南方四島へも実際に足を運び、現場を見て考える。東沙諸島へ出向くことは難しいが、高雄の海洋委員会は距離が近いので、一人でも多くの関係者と知り合って話を聞く。

オードリーの行動は矛盾していないだろうか?天才ハッカーならネットを駆使してどんな距離でも飛び越えられるはずなのに、なぜ現場にこだわるのか?それは、「痛みに最も近い人たちに力を与える」ことを信念としているからだ。

社会問題を解決しようとするなら、まずはその問題が存在する環境に身を置いてみるべきだ。台北の行政院に閉じこもって考えるだけではいけない。言い換えるなら、議題に関連する共通の経験を作るということだ。

 

焦点を合わせれば、無駄な時間を省くことができる

会議の場では、まず自分と参加者の間で共通の経験を共有し、参加者にも似たような経験があれば語ってもらう。会議の参加者が同じ経験の記憶のなかに入れたときに初めて議論の焦点が合い、有意義な話し合いになる。この経験の共有がなければ、ニワトリとアヒルの会話のように、かみ合わない議論になりかねない。

「直接体験したことがなければ、ほかの人が基本的な事実を語っていても、何の話をしているかわからなくなってしまいます。経験の共有は、コミュニケーションにおける最も重要なカギなのです」

オードリーいわく、この段階で重要なのは「焦点を合わせる」ことだけであり、その先の感想や感覚の部分に多くの時間を割く必要はない。

ソーシャルイノベーションラボの建物は、改修前はほぼ廃墟で、地下室には水があふれていた。オードリーはまず関係者を建物に集め、その場で改修計画の図案を見せた。「窓をこのタイプに変えたらどんな感じになるか」などと一緒に想像することで、焦点の合った議論ができた。

もしネット上で数枚の写真を公開したり平面図を見せたりするだけで、みんなで同じ空間に立ったことがなければ、意見はかみ合わなかっただろう。空間計画においては特に臨場感が非常に重要になる。

同じ経験を持つという事実は、会議の大前提となる。互いの立ち位置の探り合いやレッテル貼りに多くの時間を費やすこともなくなる。

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