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生き方

「年齢に基準を置かないで」BTSのジミンが伝えたかったこと

ドナルド・ホール(訳:田村義進)

2022年02月04日 公開

老い。これはすべての人に平等に訪れる。老年をどのように過ごすか、老いを悲しむか抗うか、はたまた受け入れるか。考え方によって老いはまったく違う表情を見せる。

K-POPグループBTSのメンバー・ジミンは、アルバム『BE』のコンセプト会議でドナルド・ホールの書『死ぬより老いるのが心配だ』に言及し、「年を取ったとか若いとか、年齢に基準を置かないで」というメッセージを語ったという。

89歳の桂冠詩人が綴った自身の人生や現在を見つめるまなざしは、"今"を自分らしく生きていく方法について、さりげなく教えてくれる。そんな同書の一節をここで紹介する。

※本稿はドナルド・ホール(著) 田村義進(訳)『死ぬより老いるのが心配だ  80を過ぎた詩人のエッセイ』(&books/辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

窓辺から

子供のころ、わたしは誰よりも老人が好きだった。ニューハンプシャーに住んでいた祖父は、わたしがお手本にしていた人間だった。いまから考えると、そんなに年をとっていたわけではない。

わたしが干し草づくりを手伝っていたときは、60代から70代の始めで、亡くなったのは77歳のときだった。けれども、そのころはずいぶんな年寄りだと思っていた。(中略)わたしが仕事を手伝っていた夏の夜には、よく思い出話を話して聞かせてくれた。

一年中、いっときもじっとしていることはなく、昔のことを思いだしたり、昔学校で覚えた詩をひとりごちるように朗読するときには、いつも人のよさそうな小さな笑みを浮かべていた。

老人が大好きだったときは過ぎ、自然の理として、わたしもいつのまにか老人になってしまった。あっという間に10年ずつの歳月が積み重なっていた。

30代は恐るべきものだった。40代は飲んだくれていたので、よくわからない。50代は至福のときで、人生の大きな転換点となった。60代は50代の至福のときの延長から始まった。そして、癌。ジェーンの死。何年ものあいだ、わたしは別の宇宙をさまようことになった。

どんなに注意していても、この先何が起きるかわかっていると思っていても、老いは未知で、予期できない銀河系でありつづける。そこにいるのは異星人であり、老人は別の生命体といっていい。

肌は緑色で、頭はふたつあり、それぞれに触角が生えている。世のなかには感じのいい者もいるし、逆に感じの悪い者もいる。スーパーマーケットで買い物をしているご婦人は決してわたしのために通路をあけてくれない。

が、何より大事なのは、老人は永遠に他者だということだ。(中略)
老人への親切心が上からあてがったものであり、みずからの力を誇示するものであったとしても、善意から出たものにはちがいない。

老いに対する反応はときに喜劇になる。国民芸術勲章(ナショナル・メダル・オブ・アーツ)を授与されたとき、わたしは式典の2日前にワシントンD.C.入りして、ナショナル・ギャラリーを訪れた。

絵を見てまわり、ヘンリー・ムーアの彫刻の前まで来たとき、ごま塩のちょびヒゲをはやした60代の警備員が近づいてきて、彫刻家の名前を親切に教えてくれた。わたしはムーアについての著作があり、それなりの知識も持っている。

そう言ってやろうかと思ったが、言葉を呑みこんだ。なにをえらそうにと思われるのもいやだったし、警備員に恥ずかしい思いをさせたくもなかったから。

数時間後、フェテリアから出たとき、先の警備員がそこにいて、わたしのほうを向くと、腰をかがめて指を振り、口もとに奇妙な笑みを浮かべて、ことさらに大きな声で訊いた。「おいちかったでちゅか?」

 

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