なぜ人間は、自ら不幸や貧困を招く行動をとってしまうのか。そして、人間が繁栄・平和・幸福を実現するには、何をしたらよいのか――。
松下幸之助がPHP研究所を創設以来、考え続けてきた人間の本質についてまとめた『人間を考える』。最初に発刊されたのは1972年のことでした。
20年以上におよぶ思索と人生経験から導き出した本書の内容は、ベストセラー『道をひらく』と比べると難解といわれますが、そこには今日の私たちにも鋭く刺さる問いがあります。
※本稿は、月刊誌『PHP』2022年11月号掲載記事を転載したものです。
人間はなぜみずから不幸を招くのか
松下幸之助が『人間を考える』を書く契機となったのは、第二次世界大戦直後の国民の塗炭の苦しみ、混乱の極みを垣間見た体験によるものでした。
本来は繁栄・平和・幸福の実現を望んでいるはずの人間が、なぜみずから不幸や貧困を招来する状況に至るのか――。
幸之助の疑問は、20年を越える思索の末、1つの人間観として確立されました。
それは、人間は弱く愚かな存在ではない、むしろ「人間は万物の王者である」という認識に立ち、万物に与えられているそれぞれの本質を見出だし、これを生かし活用することで、物心一如の繁栄を生み出せる力強い存在だと提唱したのです。
世の多くの人が苦難に遭うとなれば、人生の運不運や不条理を解釈し、種々の人生論を問うなか、幸之助は宇宙における人間の存在意義を徹頭徹尾問い直し、かくも力強い人間像を見出しました。
それは哲学の専門家でもなく、日々生き馬の目を抜く実業家が提示したという点でも、きわめて異例のことのように思えます。
一方で幸之助は、人間が個々の利害得失にとらわれ、その力強さを発揮できない現実にも触れています。
そこで大切なのは古今東西の衆知を集めることで、その努力に専心すれば、真の繁栄を生み出す天命を実践していけると説くのです。
数々の人間の成功と失敗を眺め、かつみずからも波瀾万丈の人生を歩んだからこそ俯瞰し得た人間観なのかもしれません。『人間を考える』が刊行されて半世紀、私たちは依然、大きな課題に直面しています。
人間の王者たる力量が問われている今こそ、現代にふさわしい人間観を模索しつつ、繁栄・平和・幸福への第一歩を踏み出したいものです。
【本稿に関連しまして、11月3日(木・祝)に松下政経塾とPHP総研の共催でオンラインシンポジウム「人間を考える」を開催します】