ハイテク産業の発展と名門大学の創設
捕鯨に投資をしていた出資者は、次に綿織物業へ軸足を移していきました。イギリスで発展した産業の機密技術を不屈の精神で取り入れ、展開を進めていったそうです。捕鯨産業の船長のようにカギを握る綿織物の機械技術者に対して、十分な金銭的インセンティブを提供していました。
社会で蓄積された富は次の産業に向かいます。このあたりからはご存じの方も多いかもしれません。鉄鋼、鉄道、石油、自動車等の重機械、そしてハイテク産業です。
大富豪として有名なロックフェラーやカーネギーが登場するのは、この前半です。彼らの資産は、後世におけるベンチャーキャピタルの重要な資金源にもなっていきました。
ハイテク産業の発展の背景として、ゴールドラッシュ後のカリフォルニアで、一つの重要な出来事がありました。1891年のスタンフォード大学の創設です。
事業家であり、大陸横断鉄道の投資者にもなったリーランド・スタンフォードによるもので、理知的だが実践的な視線も兼ね備えた「有能」で「教養のある」卒業生を輩出したい、というビジョンを基にしていました。
ITバブルが崩壊し、一時冬の時代に
ハイテク産業を経て、ソフトウェアやインターネットの時代となり、今でも影響力がある著名なベンチャーキャピタルが活躍していきます。
特にクライナー・パーキンスとセコイア・キャピタルは重要です。どちらも1972年に設立されていて、IT業界では圧倒的な知名度を誇っています。設立の頃に、ベンチャーキャピタルによる投資のリターンの配分はLPが8割、GPが2割という形に定まってきたといいます。
アップル、ネットスケープ、ヤフー、グーグル、フェイスブック、ユーチューブ、ツイッター、ウーバー、インスタグラムなど、今世界を代表するサービスの多くは、この両社からの投資により育まれたものです。
ベンチャーキャピタル業界は、インターネットが登場しITバブルが到来してピークを迎えました。ベンチャーキャピタルファンドの組成年ごとの年平均リターンを見ると、1995年と1997年はなんと約60%にもおよびます。
投資額が3年でおよそ4倍になる計算です。そんな投資機会が目の前にあれば、資金が大量に集まりそうですね。そして、ITバブルは崩壊して、ひと時のベンチャーキャピタル冬の時代になりました。
本書は主に歴史的評価が可能になったITバブルまでで全史としての紹介を終えます。
その後、アンドリーセン・ホロウィッツなどの著名なベンチャーキャピタルが生まれているように、ベンチャーキャピタル業界は今も前に進んでいると言えそうです。
バブルとエコシステム強化の繰り返し
ここまでを振り返ると、資本主義の強力な推進力が見えてくるように思えます。
資本主義社会で産業を育成する大きな推進力になるのは、バブルが伴う好景気による膨大なリターンが生み出した大富豪の存在と、次の世代への投資に振り向ける積極的なリスクテイクができる金融機能の存在です。もちろん、これには批判的な意見もあるかもしれません。
個人による財産の所有が認められている民主主義だからこそ、資本主義はより強く発展するとはいえ、その両立の難しさも透けて見えます。
つまり、産業を築く積極的な投資の源泉となる富の偏りと、必然的に生じる不平等の拡大です。特に大富豪ともなる人はほんの一握りになるので、多数派におもねる政治の攻撃の的になりやすくもあります。
日本はアメリカと比較すると、財閥系を代表として、大企業が新産業を築いてきたケースが多いものの、インターネットやAIなどの昨今の変化の早さから、大企業では徐々に対応が後手にまわっているようにも見えます。
過去何度か目にしてきたように、2022年も「スタートアップ創出元年」と官邸主導で宣言がなされています。生み出された富が、次の産業育成に円滑にまわるような仕組みづくりを期待したいところです。
本書は数あるベンチャーキャピタルの歴史に焦点を絞り、その流れから今の仕組みを深く理解できる構成になっています。
本書の内容はベンチャーキャピタル業界の方はもちろんのこと、スタートアップ経営者、機関投資家、投資信託を買う個人投資家などの多くの人に有用な示唆が込められています。
約500ページという本格な構成とはいえ、ところどころに知っている人名や会社が出てきて、楽しく読み通せます。ぜひ手に取っていただきたい一冊です。