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「僕は先に死んじゃう、アンパンマンはずっと生きていく」 やなせたかしさんが感じた責任

やなせたかし

2025年04月25日 公開

「僕は先に死んじゃう、アンパンマンはずっと生きていく」 やなせたかしさんが感じた責任


(写真提供:やなせスタジオ)

2013年、94歳でこの世を去られた漫画家のやなせたかしさん。東日本大震災が起きると、「アンパンマンのマーチ」のリクエストが放送局に殺到し、晩年は被災地の支援も精力的に行いました。やなせさんがアンパンマンの作者として、これからの未来に馳せた思いとは?

※本稿は、やなせたかし著『何のために生まれてきたの?』(PHP文庫)より内容を一部抜粋・編集したものです

 

これからの時代に希望はあるのか

――さまざまな時代を生きてこられたやなせさんにとって、いまの時代はどう映るのでしょうか?

いまの時代は、あまりにもいろんなものに恵まれすぎている。食べる物にしても、仕事にしても。みんな電化してるんで、非常に楽になってきたんだね。

だからどうなったかというと、まず、離婚がすごく多くなった。せっかく結婚したのに「合わないから別れよう」と、すぐに別れちゃうんだね。つまり、わがままになってしまったんですね。

それで子どもたちは、見たところはすごく可愛らしくなって、頭も賢くなった。でも、なんだかとても弱いんですよ。耐えられないっていうか、すぐ挫折してしまって、「もうダメだ」って音をあげるんだね。打たれ弱くなってしまったというか。

世の中は確かに、文化的にも発展してきたけど、ある意味、我慢ができない人間ができてきたわけですね。駅で知らない人を刺したり、ただぶつかったというだけで腹を立ててみたり。そんな大人、むかしはいなかった。

そして、前に言ったようにバイオレンス(暴力シーンがたくさん出てくる小説)とか、そういうものを読んでいる人がとても多いんで、そういうことが平気になってしまって、現実にそれをやってしまう人間が出てしまったんだね。

これは、アメリカでも日本でも同じなんです。非常に恐るべきことだと思っています。

――これからの時代に希望はあるんでしょうか?

もちろん、あると思っています。

汚れた水の中に、一滴のきれいな水を入れても、なんの効果もないと思うんだけど、それでも、さっきの瓦礫と同じように、一人じゃなく、10人、100人という具合に増えていけば、なんとかなっていくんです。

楽してお金をたくさん儲けようとばかり考えるんじゃなくて、自分のやっていることが世間にどういう影響を与えるか、ということを考えれば、やるべきことは自ずと決まっていくと思う。そういう人間が少しずつでも増えていけば、いまの世の中を変えていくことは不可能ではないと思います。

「これはもう、ダメだ」と絶望しないで、一滴の水でも注ぐというか、そういう仕事を自分もやっていく。そうすれば、それに同調してくれる人間が必ず出てくると思います。

この間の震災では、例えば外国だったら暴動が起きて、非常に荒れ果てた状態になるでしょう。でも、この日本では、危機になっても助け合う人が多いんです。不満なことはいろいろあるけど、まだまだ絶望的じゃない。希望はあると思います。そう僕は思う。そう信じないと、生きていかれないからね。

 

小さな子どもたちには、アンパンマンは実在している

<夕日の歌>

ぼくは今、夕日を見ている
もうすぐ暗い夜だというのに
なんという真紅(まっか)な夕焼け
孤独な夕日は輝きながら沈んでいく
とまれ夕日
もうしばらくはそのままでいてくれ
あれは誰?
金にふちどりされた
すみれ色の雲の下
飛んでくるのは
あれが噂のアンパンマン
まるい団子ばなは紅潮して
ほっぺたもりんご色
ぼくの生命(いのち)の分身が
幻影のように飛んでくる
ぼくのぱっとしない人生の晩年に
めぐりあったヒーロー
アンパンマン
君に逢えてよかった
夕日よとまれ
ほんのひととき
ぼくが君の伝説をかき終わるまで

 

――どんな思いを込めて、この詩を書かれたんですか?

自分が晩年になって、このヒーローとめぐり逢ったわけです。つまり人生の夕日に。君に逢えてよかったなという思いですね。

――今後、アンパンマンはどうあってほしいと思いますか?

僕は先に死んじゃいますが、アンパンマンそのものは、ずっと生きていくんじゃないかと思います。

あの、3・11の震災後、まったく笑わなくなってしまった子どもが、アンパンマンの絵を見たとたん笑い出し、それを見たお母さんがうれしくて泣き出してしまったというお便りをいただいたんです。小さな子どもたちには、アンパンマンは実在しているんですよ。そういう声を聞いてしまったら、僕はそれに値することをしなくちゃいけないと思って。作者として責任を感じるから。

「なんのために生まれてなにをして生きるのか」

長い間、僕はずいぶん悩んできたけど、やはり子どもたちのためにお話を書いたり、絵本を描いたりするのが自分の天職だなあと思うようになりました。だから引退もできないんです。自分だけがのんびり寝ているわけにはいかないと思うから。やっぱり、死ぬまで描き続けていくことになるんでしょうね。

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