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今だから話そう、大震災のあの時あの現場―【第13回】

2014年02月11日 公開
2022年12月08日 更新

熊谷哲(政策シンクタンクPHP総研主席研究員)

【第13回】一本松を見て何がわかるんだ

 官邸で総理日程を掌握していた方に対して、私は「僭越ながら」と前置きしながら、現地の状況をかいつまんで伝えた。

 現地では、本当に悲惨な現実を、まだ受け止めきれる状況にはない。「一日も早い復旧・復興を」なんて言葉は絶対に禁句。そんな気休めより、この被災地の現状を直視した上で、仮設住宅の早期建設や生活再建の道筋を語ってくれることを望んでいる。それが具体的に言えないようなら、わざわざ来られても逆効果になる可能性が高い。

 同じ三陸沿岸でも、例え同じ市内であっても、旧町・旧村や行政区、集落、個人それぞれに、被害の程度も避難の状況も千差万別。限られた時間の中で実際に目にできるところはあくまで一断片でしかなく、実相は複雑で深刻。その点をしっかりと含んで、現地での行程を決め、何を発信するか考えなくてはいけない。

 にもかかわらず、行程表を見る限り、ほかと比較すれば避難環境の整っているところや一本松のような被害の「名所」ばかりで、被災者の本当に厳しい現実を感じてもらえるような中身にまったくなっていない。これでは、案内や警備の都合が優先されたと、地元の人たちに受け止められても仕方がない。今からでも、行程を組み直すべきだ、と。

 しかし、返事はまったく芳しくなかった。もうすでに市や県、県警と調整が済んでいて、この決定を変えるわけにはいかない、と言うばかり。それなら私の方で調整しますからと伝えると、そればかりは勘弁してくれと言う。調整にあたった担当者の責任が問われるようなことにしたくない、というのだ。

 そんな悠長なことを言っている場合か。地元の反応は、人づてに必ず広がっていく。これが致命傷になったらどうするんだ。

 苦渋の様子は重々承知しながらも、私は怒りを押しとどめられずにいた。役所の都合ではなく、被災者に寄り添うという姿勢をここで体現して欲しいのだ、と。この程度のことすらどうにもできないようでは、被災者の人たちはいったい何を頼りにしたらいいのか、と。でも、私は何も変えることはできなかった。予定されている避難所で、本音を伝えてくれる被災者のところに熊谷さんが総理を引っ張っていってください、時間は何とかしますから。結局のところ、落としどころはお前が頑張れ、ということでしかなかった。

 4月2日、私は視察先の避難所で「総理ちょっとこちらへ」と、被災者の方と膝詰めで話してもらうようにした。でも、やはり日程が窮屈で、ほんのわずかな時間しかとることができない。悪態をつく人こそいないものの、あっという間だね、という声が聞こえてくる。その場で私は後の同行予定をキャンセルし、地元の人たちからどんな感想がこぼれるのか、耳をそばだてることにした。

 案の定というべきか。多忙な中をわざわざ来てくれてありがたい、という反応の中に本音が見え隠れする。「せっかくなのに、なんでここにしたのか」、「あそこに行った方がいいのに」、「一本松を見て何がわかるんだ」、「何かいい話でもあるかと期待したけど、結局ポーズだけか」。次の矛先は私に向けられた。「あんたがいるのに、何やってるんだ」

 いや、本当にその通りです。申し訳ありません。

 この日午前中の視察が終わる頃、私は一通のメールを官邸に送った。現地視察の行程を地元自治体にお任せするのではなく、現地対策本部と連絡対策室が全責任を負って作成すべきだ。そのとき、調整役ではなく直接的な職務遂行が可能となるよう、対策室はもっと現地を知る必要がある。この何日か同じことばっかり言ってるな、と苦笑いしながら、こんな視察が繰り返されないことを祈っていた。

(つづく)

研究員プロフィール:熊谷 哲☆外部リンク

 

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