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今だから話そう、大震災のあの時あの現場―【第19回】

2014年04月18日 公開
2022年12月08日 更新

熊谷哲(政策シンクタンクPHP総研主席研究員)

《PHP総研 研究員コラムより》

【第19回】政務官、これが現場の実態です 

 

 震災からひと月あまりたった頃。 全国から集まる支援物資、それを管理する集積所、必要としている避難者、それぞれの間のミスマッチがさらに拡大していた。「○○が必要だ」と報道や周知されたモノに支援が集中する「量」のミスマッチ、必要とされた時期と現場に届けられる間の「時間」のミスマッチ、避難者のニーズと管理・配送の担当者との間の「情報」のミスマッチ、ある市で多くの要望のあるモノが隣の市で余っている「管理」のミスマッチなどが、やむを得ないとは言えない水準まで達していた。

 また、避難生活が長くなるにつれてニーズが多様化し、より個別化・具体化していた。それまでは身につけられれば良しとしていた下着やオムツ、靴などのサイズや、生理用品の種類などについて、細かな要望が寄せられるようになっていた。炊き出し用の食材についても野菜、とりわけ葉物を希望する声や、毎日のように配られるバナナとりんご以外の果物、土地柄から魚介類を求める声が強まっていた。一方で、ひとつの集積所にトイレットペーパーが6万ロール以上在庫としてあるなどの著しい偏りも見られた。

 「物資の支援が緊急対応から日常生活支援へと変化しつつあるのに、荷受け・荷さばき・荷送りが緊急時のままの状態であるため、無駄や非効率が顕在化している。早急な改善が必要だ」と報告すると、国交省の対応は素早かった。東京から担当審議官と参事官、運輸支局、業界団体などのメンバーが揃って現地を訪れ、現場レベルから具体的な改善策を検討していた。翌週には実際に支援物資の流れが改善され、徐々にではあるが極端な偏りも解消されていき、集積所に塩漬け状態の物資も少なくなっていった。

 そんなある日、物資集積所となっている母校に行くと、これまで担当していた鹿児島からの自治体派遣職員さんたちが社協の人たちに引き継ぎをしている場面に遭遇した。聞くと、市から配置換えを言い渡されたらしい。新しい担当場所は、津波によって流された数千台の車の集積場所とのこと。せっかくここの業務も落ち着いてきて、動きのない物資を避難所に直接配布することも始めようとしていたのにと、その表情にはやりきれなさがうかがえた。

 翌日、彼らの新しい仕事場を訪れた。津波に洗われた海岸の埋め立て工事中の場所は吹きっさらしで、雨風をしのぐところもない。4月も半ばとはいえ、朝夕には氷点下近くにまで冷え込むこともある。そこにパイプ椅子を並べ、自分や家族の車はないかと尋ねてくる、いつやって来るともわからない人たちに対応し、何千台という車の中から該当車両を探し出す。遺品を見つけて泣き出す遺族に、とても親身に接する。ちょっとの間一緒にいるだけで、その大変さが身に染みる。あんな遠方から派遣されてきた、実務に長けた行政マンに対して、何でこんな扱いをして平気でいられるのか。私は怒りを覚えていた。

 さらに翌々日、ある政務官が視察に来られるというので、私の判断でこの車両集積場を視察先に加え、訪れた。テントが張られストーブも置かれているのを見て、仕事環境も少しは改善されたのかなと安堵していると、これを見て欲しいとある資料を渡された。見ると、2,000台を超える車の位置を見取り図に描き、それをブロック単位で管理し、車種・色・ナンバー・特徴などを手書きの一覧表にまとめている。

 「たった2日間で!?」と、私が驚いていると、明日には交代が来て鹿児島に帰ることになるし、政務官も来られるというから急いでまとめたのだという。彼らの懸命の努力を感じて、私は涙がこぼれそうになっていた。すると、遠くで市長の声がする。「こんなに多くの車があるんです。それでも、すぐに車が見つけられるように職員も頑張っているんですよ。この大変さを国もわかって対応してください」と、言っている声が。

 何を言ってるんだ。そもそも自分がわかってないじゃないか。

 私は怒りに震えていた。政務官の腕を引っ張って彼らの元に連れて行き、一連の経過を説明する。加えて、この場を管理しているメンバーには地元の人間がただの1人もいない、と。震災対応の緊急派遣職員だからといって、行政の知識・経験が生かされないところで、人手になればいいというような扱いをするのは間違っている、と。東京に帰られたら、自治体からの派遣職員への対応について、早急に見直していただきたい、と。ここには到底書くことのできない辛辣な言葉を市長にぶつけながら、これが政務官にご覧いただきたかった現場の実態なのだと、私は訴えていた。

(つづく)

研究員プロフィール:熊谷 哲☆外部リンク

 

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