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実は全国統一を考えていなかった? 最新研究が覆す「織田信長の実像」

2023年04月18日 公開

小和田哲男(静岡大学名誉教授)

織田信長

日本史で最も有名な武将・織田信長。信長のイメージは人々に広く定着している。しかし近年では、研究の進歩と共に「新たな信長像」が提唱され始めているのだ。真の信長はどのような人物だったのか。小和田哲男氏が解説する。

※本稿は、小和田哲男著『教養としての「戦国時代」』(PHP新書)より、内容を一部抜粋・編集したものです

 

書き替えられていく戦国史

旧来の秩序を壊し、戦国乱世を切り拓いた「破壊者」――。日本史上、最も有名な男といっても過言ではない織田信長に対して、そのような人物像を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。

しかし近年は、そんな従来のイメージにとらわれない、「新たな信長像」が提議されている。私も一研究者として非常に興味深く、また「破壊者である信長」にカタルシスを覚える方が多いだけに、今までと異なる信長像を主張する方々には、勇気を感じずにはいられない。

とはいえ新史料の発見、あるいは史料の解釈の変化によって、これまで常識として語られてきた「通説」が改められることは、歴史研究ではしばしばある。

たとえば、「美濃の蝮」こと斎藤道三は、京都の妙覚寺の僧侶から油売りになり、さらに美濃の土岐氏に仕えて、一代で美濃の主にのし上がったとされてきた。

しかし、岐阜県史編纂の過程で新たな六角氏の文書が見つかり、「『斎藤道三』の国盗りは、実は父子二代がかりで行なわれたものだった」と、ガラッと見直されたのである。

一方、個人的に非常に印象深いのが、北条早雲のケースである。早雲といえば88歳の長命を保ち、むしろ「老いてから活躍した武将」という印象をもたれがちだった。

ところが、近年では史料の解釈が変わり、64歳で没したとする説が一般的となり、出身も伊勢の素浪人ではなく、備中の伊勢氏が定説となっている。

さらに伊豆討入りの年も、従来は延徳3年(1491)とされてきたが、明応2年(1493)と書き替えられている。この伊豆討入り年の見直しは、私が40年近く前に唱えたことがきっかけであった。

ただし、「歴史の書き替え」は、ある程度の時間を伴って行なわれる。早雲の伊豆討入り年の新説にしても、認められるまでに10年ほどかかった。

通説を改める際には細心の注意を伴う検証が必要であり、同時に少なからずの躊躇もある。誰かが新説を唱えて突破口を開き、そこにフォロワーが現われ、緩やかに受け入れられてゆくものなのである。

 

「突然、時代の寵児が現われた」のではない

そして、戦国史研究で注目を集めているのが「織田信長に、どの角度から光を当てるか」ということである。ここではまず、これまで信長はどのように語られてきたか、次に現在ではどのような点で、従来の信長像に疑問が提示されているかを見ていこう。

戦前、信長は「勤王家」としての側面が強調されてきた。伊勢神宮の式年遷宮の復興や、御所の築地を直した逸話などが盛んに語られたのである。『織田信長文書の研究』(吉川弘文館)という資料集をまとめられた奥野高廣先生の研究が、その代表例となるだろう。

しかし敗戦を経て、いわゆる皇国史観が取り払われた結果、一人の武将、あるいは政治家として信長をどう見るかが考えられるようになってきた。

戦後しばらくは軍国主義へのアンチテーゼとして、武将研究が停滞したこともあり、年代としては、昭和40年代に入ってからのことだ。その中で、次第に信長の先進性が論じられ始め、「時代の寵児」としてのイメージが定着するのである。

戦前は、信長に限らず戦国武将は、どちらかといえば軍記物などをもとに語られてきた。もちろん軍記物にも見るべき点はあるものの、「研究」という意味では限界がある。そこで昭和40年代から、古文書をもとに研究するスタイルが定着していった。

現在も、史料をどう読み、どう捉えるかが検証され続け、信長に関していえば「突然、時代の寵児が現われた」のではなく、先行する戦国大名たちの良い部分を上手に取り込みつつ、自分なりにアレンジして躍進した側面が強調されるようになった。

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