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旧近衛師団本部と北白川宮像

2015年05月25日 公開
2023年10月04日 更新

『歴史街道』編集部

東京国立近代美術館工芸館

写真の、煉瓦の建物をご存じの方は多いでしょう。東京都千代田区北の丸公園の東京国立近代美術館工芸館です。

明治43年(1910)建築のこの建物は、終戦までは陸軍近衛師団本部でした。本日は終戦直前に起きた宮城事件と、北白川宮についてご紹介してみます。

近衛師団は明治4年(1871)、政府直属の軍隊として薩摩・長州・土佐の藩兵約1万人をもって組織された御親兵がその始まりでした。翌年、近衛都督・西郷隆盛を中心に近衛兵として改組され、天皇及び宮城の守護に任ぜられます。

明治24年(1891)、山県有朋によって近衛師団へ改称、以後も最精鋭、最古参の部隊として天皇及び皇居の守護にあたり、日露戦争、支那事変、太平洋戦争では戦地で戦いました。

さて、昭和20年(1945)8月14日。午前10時50分から宮中防空壕で開かれた最後の御前会議で戦争終結の聖断が下り、午後の閣議で玉音放送は15日の正午と決定、昭和天皇が読む詔書案の検討が進められます。当初、録音は午後6時の予定でしたが、大幅に遅れました。

一方、陸軍の青年将校の中に、ポツダム宣言受諾を潔しとせず、クーデターを企てる者たちがいました。陸軍省軍務局の畑中健二少佐、椎崎二郎中佐、井田正孝中佐らです。彼らは、宮中占領のクーデターへと動きました。

閣議終了後の午後11時25分、天皇は録音を行なう表御座所に向かわれます。外では空襲を告げる警戒警報が響いていました。そのほぼ同時刻、畑中、椎崎、井田らは、近衛師団本部を訪れ、参謀室で会談中の森赳〈もりたけし〉近衛師団長に面会を強要します。

井田らの言い分は「宮中を占領する。ついては森近衛師団長の同意が必要である。しかる後に放送局を占拠して、放送を押さえる」というものでした。森は否定的な態度を取りますが、「明治神宮を参拝して後、決断する」と答え、井田らはいったん部屋を退出します。

ところが井田らと入れ違いに部屋に入った畑中は、無言で森師団長を拳銃で撃ち、別の者が軍刀で斬殺。同席していた第二総軍参謀の白石通教〈みちのり〉中佐も斬殺されました。

森師団長らを殺害した青年将校らは、偽の近衛師団命令を作成。これによって近衛歩兵第一連隊、第二連隊が宮中占領に動き、一部は録音された玉音盤を奪うべく、宮内省を捜索しました。

さらに井田は東部軍管区司令部へ赴き、田中静壱軍司令官らにクーデター参加を呼びかけます。しかし軍管区司令部はすでにクーデター鎮圧の方針を固めており、司令部は電話で近衛歩兵第二連隊に「命令は偽物である」と伝えました。

そして午前5時頃、田中軍司令官自ら近衛師団本部に赴いて、近衛歩兵第一連隊長に命令が偽物であると告げ、さらに宮中に赴いて第二連隊長にも撤収を命じます。

ここにおいてクーデター計画は潰えました。畑中と椎崎はなおも宮城周辺で決起を呼びかけるビラを蒔きますが、玉音放送が始まる1時間前に、二重橋と坂下門の間の芝生で自決。

これが「宮城事件」と呼ばれるものの概略です。この他にも、首相官邸、及び鈴木首相や木戸内大臣私邸への放火、玉音放送を止めようとする憲兵との乱闘など、多くの騒ぎが並行して起こりました。

8月14日から15日にかけて、まさに「日本の一番長い日」であり、多くの日本人にとってさまざまな葛藤の中での降伏、終戦であったことが伝わってきます。その重要な舞台の一つが、近衛師団本部でした。

ところで、東京国立近代美術館工芸館(旧近衛師団本部)前に建つのが、北白川宮能久〈よしひさ〉親王像です。

幕末史をご存じの方であれば、輪王寺宮〈りんのうじのみや〉公現法親王の名の方が、なじみがあるかもしれません。仁孝天皇の猶子〈ゆうし〉で幕末期に上野寛永寺の貫主を務め、戊辰戦争が始まると、新政府軍に前将軍徳川慶喜の助命と東征中止を訴えました。

しかし訴えは却下され、東北に身を移した輪王寺宮は奥羽越列藩同盟の盟主となり、明治天皇を操る君側の奸、薩摩・長州を除くことを諸大名に呼びかける令旨を発しています。

しかし列藩同盟は瓦解し、宮も降伏。その後、還俗し、明治5年(1872)、弟の北白川宮智成親王の遺言により、北白川宮家を相続します。

ドイツ留学から帰国後、陸軍軍人となった北白川宮は、明治28年(1895)、日清戦争で台湾征討近衛師団長として出征し、現地で病に倒れ、没しました。

列藩同盟の盟主・輪王寺宮から近衛師団長・北白川宮となった能久親王の数奇な運命は、宮城事件の舞台でありながら今は美術館となっている旧近衛師団本部とともに、歴史の不思議さを感じさせます(辰)

写真は東京国立近代美術館工芸館(旧近衛師団本部)と北白川宮能久親王像

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