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ヤマハ創業者・山葉寅楠~天秤棒でオルガン担いで浜松から東京へ

2015年06月09日 公開

歴史街道編集部

こんにちは。今日は平成27年(2015)6月9日(火)です。

「歴史街道」7月号が発売され、おかげ様にて好評をいただいております。私は特集の「明治創業者ものがたり」を担当させていただきましたので、今回はその内容をご紹介させていただきます。

山葉寅楠明治維新後、明治政府は富岡製糸場などの官営工場を建設するなど、欧米列強国に追いつこうと殖産興業政策を進めます。

しかし、国が進める上からの工業化に対して、さまざまな困難に立ち向かいながら会社を創業し、言わば下から押し上げるように日本のものづくりの基礎を作り上げた創業者たちがいました。

本特集では、東芝、YAMAHA、グンゼなど、現在に続く企業の創業者が、ものづくりに賭けた熱い思いを紹介しています。

くわしくはぜひとも弊誌をお読みいただければと存じますが、取り上げた創業者たちに共通しているのは、創業が決して自分だけのためではなく、国や地域のために事業を興すという精神でした。

では、私が心を打たれたYAMAHAの創業者・山葉寅楠〈やまは・とらくす〉のオルガン製作についてご紹介させていただきます。

山葉寅楠(YAMAHAの社名は山葉の姓からとられたものです)は、静岡県の浜松で医療機器の修理を行なっていましたが、小学校に輸入されたオルガンの修理を依頼されます。

内部を見た寅楠は、即座にオルガンの構造を理解します。当時の輸入オルガンは一台45円(現在の価値で100万円ほど)ほどでしたが、寅楠は「自分なら3円で作れる」とオルガン製作に取り組みます。

小学校で唱歌の授業が必須となり、全国に小学校にオルガンが配置されることになる。外国から輸入するのではなく、国産化できれば、それは日本の「国益」にかなうことになる…。寅楠は、そう考えたのです。

全身全霊をかけて試作品を製作し、東京の音楽取調所(後の東京藝術大学音楽部)で出来を調べてもらうために、共に製作に取り組んだ河合喜三郎と天秤棒でオルガンを担いで250キロ離れた東京へ。箱根の山を越えるのが、どれほど大変だったことか。

ところが、音楽の知識のない寅楠のオルガンは、音程が不正確で使用に堪えないとされます。しかし、寅楠は諦めません。音楽取調所で音楽の知識を学び、再び河合とオルガン製作に奮闘します。

オルガン製作の費用は、主に河合が工面をしていました。しかし、すでに資金は底を尽きていました。河合は借金をできるところからはすべて金を借り、金目のものはすべて金に換えました。

ついには、河合夫婦には着物一枚しかなくなり、洗濯するときは裸で過ごすしかなかったというエピソードが残っています。

そんな寅楠と河合を、オルガン製作に駆り立てたものは何だったのか。金銭や名誉といった面がなかったとは言いません。しかし、オルガンの国産化は、日本の国のためであり、日本の子供たちのためになるものでした。二人の視線の先には、日本の未来がしっかりと見据えられていたのです。

苦労に苦労を重ねた末に、国産オルガンの製造に見事成功。寅楠の会社は、世界に羽ばたくYAMAHAへと成長していくのです。

今回紹介した企業の創業者には、個人ではなく日本という国を思いながら事業に取り組んだ姿が見られました。崇高で明瞭な「志」と、明治人の「気概」こそが、現在も世界に通用する企業を作り上げたのだということが、とてもよく理解できました。

今回は、ものづくりに関連した企業と創業者を取り上げましたが、他の分野の企業の創業者についても、もっと調べてみたいと思います。(立)

写真は山葉寅楠(写真提供:YAMAHA)

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