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70年の記憶を宿して走る 広島の路面電車

2015年07月02日 公開

歴史街道編集部

路面電車に乗ったことはありますか?
多くの大都市では、もはやレトロの象徴、観光のための乗物になってしまった路面電車。
自動車教習で、安全地帯が……などという項目を学んで、「いまどき道に電車なんか走ってないよ!」と面倒に思われた方もいるかもしれません。

しかし広島市で車に乗るなら、これはリアルな問題です。

広島は、路面電車の利用者数が全国でもずば抜けて多い街。
もともと、河川が運んできた堆積物で出来た三角州の街なので、地盤が弱く、地下鉄を掘るのは難しい……ということで、未だに路面電車(運営会社は広島電鉄、略して広電)が現役で活躍しています。

実際、市内の中心部はほとんどこれで行くことができるので、広電は完全に「市民の足」です。

路面電車

(↑自動車と並走し、市内の繁華街も堂々と突っ切る!)

そんな路面電車が開通したのは、大正のころに遡ります。それから100年以上、市民の生活を支え続けてきたわけですが、広島市の中心部を走っているわけですから、当然、昭和20年(1945)8月6日、原子爆弾の被害も受けています。ただでさえ焼野原になった広島市街。
走行していた電車も9割近くが破壊され、線路も壊滅し、多くの乗客が亡くなりました。

しかし市民は呆然とする間もなく、復興に全力を注がざるを得ませんでした。
そしてわずか3日後には、路面電車が街のど真ん中で運行を再開(奇跡的に小破で済んだ車両があったのです)。生き残った市電スタッフが、被爆したその日から焼け残った電車を本部にして、包帯姿で軌道、変電所などの復旧作業を進めたのです。

もちろん、当時は男性の働き手のほとんどが戦地に赴いていますから、街に残っている人の多くは女性です。
残された人々は、力を結して、がれきの街で電車を復旧したのです。

まっさらな街を走る電車の姿は、人々を大いに勇気づけたといいます。
その後も広島の復興は驚異的なスピードで進み、現在のような都市に再発展を遂げました。
2カ月後には仮設住宅建設、翌年4月には都市ガス、水道の7割が復旧したといいます。

(ちなみにこのとき、ある意味期せずして「白紙の土地」が生まれたので、建築家たちはここぞと広島の都市計画に乗り出しました。
いま話題の新国立競技場のように、街のランドマークをどうつくるか、というのは都市にとって重要な問題です。
議論が闘わされた結果、今のような、原爆ドームや平和祈念公園を象徴とする広島市が出来上がったのです)

さて、このように広島の復興の象徴ともいうべき「被爆電車」は、いまも現役で街を走っています。もちろん、日常的に乗客を乗せて、です。

被爆電車

(↑654号は、引退して科学館に屋外展示されています)

これが、このたび戦後70年を記念して、昭和20年当時の塗装が復元されることになりました。

被爆電車特別運行プロジェクト(6/13~8/30)
http://www.rcc.jp/70/tram.htm

原爆、被爆、というととかく悲壮なイメージばかりがつきまといます。
もちろんそれは決して間違いではないのですが、そこから見事に復活を遂げた人々のエネルギーにも、思いを馳せる「70年目」にしたいものです。(廣)

路面電車

(↑被爆電車のような古い車両と並んで、バリアフリーの新しい車両も走っています)

ちなみに広電の車両の一部はミャンマーにも輸出され、発展途上国の道路事情改善の足がかりにもなっているとか。
http://www3.nhk.or.jp/hiroshima-news/20150711/3185311.html

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