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文禄の役・碧蹄館の戦い~戦国の漢たちはなぜ迎撃を決断したのか

2015年08月27日 公開

童門冬二(作家)

日本武士の意識と、立花を推す小早川

 籠城や後退の意見も出る中、迎撃で軍議がまとまったのはなぜなのか。1つに「大兵合圍援路四絶」と『大戦記』にあるように、明の大軍に漢城が包囲されれば補給が断たれ、兵粮攻めされる恐れが高いという判断でしょう。孤立する日本軍としては、避けたいところです。しかし、より大きな理由として私が考えるのは、同書にある「我国の恥辱を奈何せんや」という部分です。このまま敵に後ろを見せては「日本国の恥」、という気持ちが諸将に芽生ていたのではないでしょうか。

 そもそも日本軍は、豊臣秀吉からそれぞれの家の所領を安堵された、いわば「縦割り」の意識を持つ領主たちの集まりでした。ところが海外に出て、明・朝鮮軍を相手に窮地に立たされた時、個々の家の名誉より、また豊臣家への忠誠よりもっと普遍的なもの、いわば「横」方向へ意識が広がったと思うのです。つまり「自分たちは日本国の武士である」と。そして危機にあって、明の大軍に立ち向かうべきという宗茂や隆景の果敢な主張が、他の武将たちに「異国の兵に嘲られるような恥ずかしい戦を、日本武士がすべきではない」という意識を呼び起こさせたのでしょう。籠城を唱えていた石田三成らも迎撃に頷いたのはこのためで、日本軍にそれまでなかった団結力を生み出す源になったと想像します。

 また宗茂や隆景らは、迎撃策をやみくもに主張したわけではありません。宗茂はすでに、李如松の明軍と干戈を交えていました。

 平壌陥落の報せに宗茂は1月8日(10日とも)、弟の高橋統増とともに3千の兵で平壌へ向かい、途中、敗残の小西勢とすれ違います。小西は「敵の大軍がすぐそこまで迫っている」と宗茂に告げて去り、それを聞いた統増が「小西勢を引き留めて、ともに敵にあたるべきでは」と問うと、宗茂は笑って「敗戦の輩は役に立たぬ」と応じました。そして兵を5隊に分けて潜ませると、ほどなく7、8千の敵が数を恃んで押し寄せます。宗茂は敵を十分に引き付けて、潜ませていた軍勢に突如、鯨波を上げて三方から打ちかからせると、敵は大いに慌て、一支えもできずに潰走。立花勢は敵を千人も討ち取ったといわれます(『立齋奮闘記』〈柳川藩叢書第一集所収〉)。龍泉の戦いと呼ばれるものでした。この戦いで宗茂は、明軍の力量や武器、戦法、士気の高さなどを相当正確につかんだことでしょう。さらに宗茂は前年7月の、祖祥訓率いる明軍を撃退した平壌防衛戦でも活躍していますから、宗茂の迎撃の主張は、彼なりの十分な勝算があってのことと考えられるのです。

 その宗茂を先鋒に推したのが、小早川隆景でした。隆景は文禄の役で六番隊1万5千人余りを率い、宗茂は与力の一人です。当時、27歳の宗茂に対し、隆景は61歳。親子ほどの年齢差で、実際、永禄12年(1569)の多々良浜の戦いに父・毛利元就とともに出陣した隆景は、大友宗麟の部将であった宗茂の義父・立花道雪と戦っています。そして道雪の巧みな戦術で、数で優る毛利軍が一転、敗北する体験をしました。そんな敵ながら天晴れな名将道雪が見込んで婿養子にしたという宗茂を、隆景も深く信頼していたのです。

 当時、隆景は筑前・筑後に三十七万石を与えられ、いわば九州の押さえとしての役割を秀吉から期待されていました。一方で隆景は、兄・吉川元春とともに毛利宗家を補佐する「毛利の両川」と謳われ、「此人、常に危ふき戦ひを慎み、謀を以て敵を屈せしむる手段を宗とし給ふ」(『陰徳太平記』)智将として知られています。そんな隆景ですから、宗茂を「道雪の婿養子」というだけで評価していたわけではないでしょう。常に家臣らと苦楽をともにする宗茂が家臣たちから慕われ、主従の結束が極めて強く、だからこそ数々の合戦で殊勲をあげている事実を見抜いていたはずです。

 「小勢ではあるが、立花殿こそ先手を仕っても決して誤つことのない御仁である。立花が3千は余人の1万にもおとるまじけれ」

 老練な重鎮・隆景の推薦に、漢城に集結した諸将は異論なく、宗茂を先鋒に決しました。

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著者紹介

童門冬二(どうもん・ふゆじ)

作家

1927年東京生まれ。東京都職員時代から小説の執筆を始め、’60年に『暗い川が手を叩く』(大和出版)で芥川賞候補。東京都企画調整局長、政策室長等を経て、’79年に退職。以後、執筆活動に専念し、歴史小説を中心に多くの話題作を著す。近江商人関連の著作に、『近江商人魂』『小説中江藤樹』(以上、学陽書房)、『小説蒲生氏郷』(集英社文庫)、『近江商人のビジネス哲学』(サンライズ出版)などがある。

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