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日本とトルコの友情…映画「海難1890」を通じて伝えたいもの

2015年11月28日 公開
2023年01月11日 更新

田中光敏(映画監督)

エルトゥールル号海難事故の際、串本の人々は「真心」でトルコ人の救助にあたった

 

「私たちは、目の前の人を助けただけです」

――今作では、田村元貞(内野聖陽)という男を主人公に据えました。

 史料を読み解いていくなかで、事故の後、治療費を請求してくれと連絡してきたトルコ政府に対して、「私たちは、目の前の人々を助けただけですので、結構です」と、3人連名で返答したお医者さんがいたことを知りました。彼らが残した手紙もあり、そこから、今作では田村という医師を象徴としてつくりあげました。

 確かに、田村をはじめ、劇中の人物は架空の人々です。ただし、彼らのキャラクターについては、取材を重ねた上でつくりあげたものです。

――エルトゥールル号の乗組員たちの姿も、丹念に描かれていました。

 艦が難破して海難にあった方、亡くなった方々にもドラマがあります。そこをきっちりと描かないと、本当の意味での日本とトルコの合作にはなりません。両国、互いにフィフティ・フィフティで描こうと考え、だからこそトルコにも何度も足を運び、取材を重ねました。

 映画でも描いていますが、艦が難破すると、浸水してもこれだけは濡らさぬようにとしていた故郷の家族への大事なお土産も、最後には泣きながらボイラーにくべたという話もトルコで伺いました。決して、「お涙頂戴」で話を創作するのではなく、当時の乗組員が実際に体験したドラマを、映画の中に込める。そうすることで、トルコの方々にも感情移入していただける映画にしたいと考えたのです。

 

「真心」という言葉に込めた想い

――映画を通じて、「真心(まごころ)」というフレーズが印象的に用いられていましたね。

 「真心」という言葉こそが、今作の、ひとつのメッセージと言っても過言ではありません。この言葉は、もしかしたら「死語」かもしれません。脚本の小松(江里子)さんとも「最近、真心って言葉、使いましたか?」と話し合いましたが、ここ5年、10年で口にした方はごく僅かでしょう。ただ、私が小さい頃は、もっと普通の会話で使ったり、本の中でも単語が載っていたりしたと思うのです。

 「真心」を辞書で引くと、「見返りを求めない心」という意味でした。確かに、もはや不必要とされて、使われなくなった言葉かもしれませんが、私は今こそ、一番必要な心構えではないか、と思うのです。

 英語では、どう表現すべきか。トルコ語では、どうだろうか。映画のなかで、何回この言葉を出せば、ご覧になった方の心に残るだろうか…。色々と試行錯誤をしながら、劇中では表現したつもりです。

――その他に、今作を通じて伝えたいことはありましたか?

 まずは、「自分の目の前に、困っている人がいれば助ける」という素直な気持ちの尊さを感じて欲しいですが、それだけでなく、この出来事を次の世代に伝えるという役割を果たさなければならない――私自身、そう感じながら、企画からこの映画に携わりました。

 この出来事、そして「2つの救出劇」に携わった全ての方々の想いが世界中に広がれば、それはとても素晴らしいことでしょう。日本とトルコの方々はもちろんのこと、1人でも多くの方にご覧いただきたい作品です。

 

映画「海難1890」

企画・監督:田中光敏 脚本:小松江里子 音楽:大島ミチル

出演:内野聖陽 ケナン・エジェ 忽那汐里 アリジャン・ユジェソイ
小澤征悦 宅間孝行 大東駿介 渡部豪太 徳井優 小林綾子 螢雪次朗 かたせ梨乃 夏川結衣 永島敏行 竹中直人 笹野高史

(C)2015 Ertugrul Film Partners

■2015年12月5日(土)、全国公開

著者紹介

田中光敏(たなか・みつとし)

映画監督

1958年生まれ、北海道出身。CMディレクターとして活躍後、映画「化粧師 KEWAISHI」で映画監督デビュー。「利休をたずねよ」では、モントリオール世界映画祭ワールドコンペ部門において、最優秀芸術賞を受賞した。他の作品に「精霊流し」「火天の城」「サクラサク」がある。

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