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昭和金融恐慌と高橋是清の経済政策

2017年04月22日 公開

歴史街道編集部

高橋是清

今日は何の日 昭和2年4月22日

大蔵大臣・高橋是清が支払猶予令(モラトリアム)を実施

昭和2年(1927)4月22日、大蔵大臣高橋是清が昭和金融恐慌に際し、金銭債務の21日間の支払猶予令(モラトリアム)を発しました。預金者の取り付け騒ぎを鎮めるための決断として知られます。

政界を引退していた74歳の是清が、田中義一首相に請われて急遽大蔵大臣に就任したのは、2日前の4月20日のことでした。 そのおよそ1ヵ月前の3月14日、衆議院予算委員会において、片岡蔵相が「東京渡辺銀行が破綻しました」という失言(実際はまだ破綻していなかった)で金融不安が一気に表面化、全国で取り付け騒ぎが発生していたのです。

さらに4月に入ると、5日に鈴木商店が倒産。鈴木商店への多額の貸し出しがあった台湾銀行は経営が圧迫され、17日に休業に追い込まれます。同じ日に近江銀行も休業したため動揺は拡大し、取り付け騒ぎが激化。20日に若槻礼次郎内閣は総辞職に追い込まれました。

「この事態を収拾できるのは、高橋翁しかいない」

田中首相は経験豊富で、対外信用を回復できる人物として、2年前に政友会総裁を辞して引退した高橋是清に協力を仰ぎます。日本経済の容易ならぬ事態に、是清も腹を括りました。しかし、体調は思わしくありません。

「わかった。混乱の始末だけはつけよう。ただし、3、40日間だけだよ」。

取り付け騒ぎを鎮めるのであれば、自分の名前が役に立つ。是清はうぬぼれではなく、これまでの実績に照らして、財界や国民の信任があることを自負していました。今こそお国に奉仕する時……是清は4月20日、大蔵大臣に就任します。

21日午前2時頃、十五銀行が休業するという噂が広まり、未明から預金者の群れが各銀行に殺到しました。是清は日銀に非常貸出を命じるとともに、22日金曜、23日土曜、24日日曜の3日間、全国の銀行を休業するよう指示します。同時に全国の各銀行に支払猶予令(モラトリアム)を設定し、小口支払い制限を500円以内として、それ以上は21日間の支払い延期を緊急勅令というかたちで制定すると発表しました。そして22日、病臥する田中首相に代わって自ら代理として天皇に奏上、ご裁可を得ます。

そして22日からの3日間に、十分な日本銀行券(紙幣)を準備しておくため、刷れる限りの紙幣を印刷することを命じました。この時、是清の指示で刷られたのが、表だけ印刷し、裏が白い200円札です。紙幣の歴史の中でも相当珍しいものでしょう。こうして大量に発行された200円札は500万円分に及んだといいます。

そして連休明けの25日。各銀行は刷り上ったばかりの札束を山のようにカウンターに積み上げて、いかようにも支払いに応じるという態度を示しました。これが預金者の安心感を誘い、懸念されたパニックは回避されたのです。人心に通じた是清の心理作戦の成功でした。

しかし、これで終わりではありません。この後、モラトリアム実施の事後承諾を議会に求め、「日銀特別融資及び損失補償法案」と「台湾銀行に対する資金融通に関する法案」を通過させなければならないという、難関が残っていました。これが通らなければ、取り付け騒ぎが再燃し、是清の努力が水泡に帰しかねないのです。

5月4日、第53回臨時議会が開会。会期は僅かに5日間。審議は難航し、4日間が瞬く間に過ぎます。相継ぐ質疑応答に是清は疲労困憊となりますが、何としても退くわけにはいきません。 法案が衆議院を通過したのは、最終日の午後4時20分。本会議を経て貴族院に送られたのは午後6時でした。 会期満了の午前零時まであと6時間。しかし貴族院でも質問は続出し、審議が果てる気配がありません。さすがの是清も午後10時を回り、暗澹となったその時に、一人の議員が立ち上がります。蔵相経験者の阪谷芳郎議員でした。

「本案は完全無欠とはいえないが、日本は今、怒濤逆巻く海に乗り入れた船のようなものであります。高橋という老船長が舵を取って、懸命に荒波を乗り切ろうと努力しているその耳のそばで、あっちへやれ、こっちへやれと色々指図するのは感心しない。ここは多少の不満はあっても、高橋蔵相の人格と手腕と徳望に信頼して、本案に賛成しようではありませんか」

この賛成演説で空気はガラリと変わり、法案は午後11時30分頃、本会議で可決されるに至ります。会期終了30分前の奇跡でした。 5月12日、モラトリアムの期限満了の日でしたが、心配していた混乱は起こらず、是清もようやく安堵します。そして6月1日、是清は蔵相を後任に託し、職を辞します。昭和金融恐慌脱出への42日間でした。

阪谷議員が言った「人格と手腕と徳望」こそ、是清の魅力であり実力でした。それは一朝一夕でできるものではなく、波瀾万丈の人生を歩み、何度もどん底を味わってきた是清だからこそ、身につけることができたものでしょう。人々からダルマさんと愛された陽性のキャラクターは、今の日本が求めるリーダー像の一つかもしれません。

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