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緒方洪庵の人材育成~橋本左内、大村益次郎、福澤諭吉らを輩出した大坂・適塾

2017年06月09日 公開
2019年05月29日 更新

6月10日 This Day in History

緒方洪庵適塾

今日は何の日 文久3年6月10日

幕末の医師・蘭学者、緒方洪庵が没

文久3年6月10日(1863年7月25日)、緒方洪庵(おがたこうあん)が没しました。幕末の医師・蘭学者で、適塾を開いて多くの人材を育て、また天然痘治癒に貢献したことで知られます。以前ですが、大沢たかおさん主演のドラマ「Jin」では、武田鉄矢さんが演じていました。

緒方洪庵は文化7年(1810)、備中足守藩の下級武士・緒方瀬左衛門の3男に生まれました。幼名、騂之助(せいのすけ)。 武士の子でしたが体が強くなかったため、医者を目指したといわれます。また8歳の時に天然痘に罹患しました。その体験も、医者への道を歩むきっかけの一つだったのでしょう。

文政8年(1825)、父親が大坂の蔵屋敷留守居役となったため、16歳の洪庵もともに大坂に出ました。 そして医学を学ぶべく、大坂の中天游の塾に入ります。天游は、オランダ語はあまり読めませんでしたが、初心者の洪庵を懇切に導きました。

天保2年(1831)、天游の勧めで洪庵は江戸に赴き、坪井信道に入門します。坪井は当時、三大蘭学者の一人に数えられていた人物でした。坪井は学費を捻出しなければならない洪庵を、できるだけ支援して教導しています。こうした教育者として一流の見識を持っていた師たちに出会えたことが、後年の洪庵の適塾における教育につながっていきました。天保6年(1835)、大坂の天游の訃報に接した洪庵は、大坂に戻ってしばらく天游の塾で蘭学を教えています。おそらくは少しでも恩返しをという気持ちだったのでしょう。

翌天保7年(1836)、長崎に赴いた27歳の洪庵は、オランダ商館長ニーマンのもとで医学を学びました。洪庵という名もこの頃から用いたようです。 そして、おそらくこの頃のことと思われますが、洪庵は名医として知られたベルリン大学教授フーフェランドの著した『医戒の大要』を抄訳し、それを「扶氏医戒之略」と題して、医師としての自分のモットーとしました。内容はおよそ次のようなものです。

「医(者)の世に生活するは人の為のみ、おのれのためにあらずといふことを其業の本旨とす。安逸を思はず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希(ねが)ふべし。人の生命を保全し、人の疾病を復活し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず」

洪庵が医師としてどうあろうとしたか、この一節を読むだけでも十分に伝わってくるでしょう。

2年後の天保9年(1838)、洪庵は大坂の瓦町で医業を開業するとともに、蘭学塾の適塾(適々斎塾)を開きました。 適塾での授業、塾生たちの猛勉強ぶりは有名であり、また多くの人材を輩出したことはよく知られています。 授業内容は先輩が後輩に教える塾生同士の相互学習と、徹底した自学自習が主流で、洪庵が直接教えるのは最上級生に限られていました。 洪庵の講義は、話法が巧みでわかりやすかったといいます。洪庵は人柄が温厚で大声を出したり、塾生を叱ったりすることは一度もなく、講義も丁寧な言葉づかいでおだやかな話しぶりでした。 ただ、学問の本質についてはきっちりと伝えていたようです。

「翻訳とは、原書を読めぬ人のためにするものである。世間にはこのことを忘れ、いたずらに難文字を羅列して、何度読んでも意味がわからぬものが少なくない。これは畢竟、原書にとらわれたためで、愚の骨頂である。 肝心なのは原書が何をいわんとしているのかをつかみ、それを平易に誤りなく伝えることだ。細かなことはどうでもよい。全体として本筋を見失わなければよい。このことを常に心がけておくように。 いつも申しておるが、学問をするのは国のため、道のためである。このこと、ゆめ忘れまいぞ。よいかな」

こうした教育を続けた洪庵のもとから、橋本左内、福沢諭吉、大村益次郎、大鳥圭介、佐野常民、高松凌雲、長与専斎らが巣立ち、維新、そして明治の世に活躍することになります。

一方で洪庵は、天然痘予防のための種痘の普及に尽力。文久2年(1862)、幕府からの度々の催促に応じて江戸に赴き、奥医師兼西洋医学所頭取となりました。 しかし江戸での生活は堅苦しい宮仕えであり、蘭方医への風当たりも強い中、体調を崩します。そして翌文久3年に、役宅において急死しました。享年54。

教育者として、また一人の医者として、洪庵の生涯は現代に多くのことを語りかけてくるように感じます。

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