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徳川忠長~兄・家光との確執。そのさま狂気に類せり?

2017年12月05日 公開

歴史街道編集部

葵
 

駿河大納言・徳川忠長が切腹

今日は何の日 寛永10年12月6日

寛永10年12月6日(1634年1月5日)、徳川忠長が切腹しました。3代将軍家光の同母弟で、駿河大納言として知られます。

徳川忠長は慶長11年(1606)に2代将軍徳川秀忠と正室・お江の3男に生まれました。2歳上の兄に家光、5歳下の異母弟に保科正之がいます。幼名国千代。兄の家光が病弱で容貌が劣り、一見愚鈍であったのに対し、忠長は眉目秀麗、才気煥発であったため、両親の愛情は忠長に偏ったといわれます。

実際のところ、家光には乳母のお福(後の春日局)がついており、家光の面倒はすべて彼女が見ていました。嫡男を福に横取りされたかのように感じた両親は、「今度はそうはさせじ」と忠長に目をかけ、結果として愛情が偏る結果になったのかもしれません。また両親の愛情を受けられない家光に対し、お福が一層愛情を注ぐことにもなったのかもしれません。

しかし将軍夫妻が次男に愛情を注ぐ様子に、少なからぬ幕臣が「3代将軍は忠長では」と考えるようになりました。これに心を痛めたお福は、密かに江戸城を出て、駿府の大御所・徳川家康に訴え出ます。家康は徳川政権を長続きさせるには内部で争いを起こさないことが肝要と考えており、相続の明確なルール化を定めていました。すなわち跡継ぎは、その者の賢愚壮弱よりも順序を重んじる(長子相続)ということです。早速家康は江戸城に赴き、将軍秀忠はじめ群臣が居並ぶ前で、「次期将軍は家光であり、弟・忠長は家臣同様」であることを示しました。一説に家康は家光と忠長を呼び寄せると、家光に対して「これへ、これへ」と手を取って上座に座らせ、続こうとする忠長に、「恐れ多いことをするな。そこへ控えておれ」と下段に留めて、厳然と「けじめ」を示したともいいます。

以上のお福による家康への訴えかけは後世の創作という説もありますが、兄弟が元服する前に、後継者は家光であることが明確に決まったようです。ただそれまでは、家光にとって忠長は両親をも味方につけた強力なライバルであったわけで、家光の心中には、いつか忠長に「意趣返し」をしてやろうという暗い思いが芽生えていたのかもしれません。

元和6年(1620)、家光は17歳、忠長は15歳で元服。3年後、家光が将軍に就任すると、忠長は中納言に任官します。寛永元年(1624)には駿河・遠江・甲斐で55万石を領することになり、2年後に従二位権大納言に任官して「駿河大納言」と呼ばれることになりました。御三家の尾張・紀州と肩を並べる官位・所領です。同寛永3年(1626)、実母のお江が没。 同寛永3年には家光の上洛にも随行しますが、家光の行列が便利なようにと、忠長が大井川に船橋を架けたところ、「箱根大井は街道第一の険要であり、関東の障蔽であると神祖(家康)も大御所(秀忠)も常々仰せであるのに、余計なことをする」と家光の怒りを買ってしまいます。この頃から忠長は、重臣たちの諫言に耳を貸さず、大坂への移封や100万石への加増を願うなど、不遜な言動が多くなります。

さらには殺生禁断の地の浅間山に入ると、人々の制止を振り切って、浅間神社の神獣といわれた猿を狩って1200頭余りも殺し、「忠長卿狂気」と噂されるに至りました。絵に描いたような暗君ぶりというわけです(一方で、猿の被害に困っている領民のために狩ったという説もあるようですが)。

寛永8年(1631)、「身のふるまい凶暴にして、去年より罪なき家士数十人を手討ちにせられ、そのさま狂気に類せり」という理由で、忠長は甲府への蟄居を命じられました。 翌年の父・秀忠危篤の際も江戸入りは許されず、秀忠が没すると、忠長は全所領没収の上、高崎に蟄居。そして寛永10年(1634)12月、幕府の命により高崎の大進寺で自刃しました。享年28。

忠長の急激な暗君への変貌ぶりは、秀忠没後の家光による苛酷な処分と合わせて考えると、処分を正当化するための記録の捏造ではなかったか。ありようは家光による意趣返しを含めた、邪魔者の抹殺劇ではなかったか、そんな気にもさせられます。なお、忠長の忘れ形見が松平長七郎長頼であるといわれますが、詳細はわかっていません。

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