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伊藤彦造~凄絶、殺気。剣を極めた挿絵画家

2018年02月17日 公開
2019年01月24日 更新

2月17日 This Day in History

今日は何の日
 

挿絵画家・伊藤彦造が生まれる

今日は何の日 明治37年(1904年)2月17日

明治37年(1904年)2月17日、戦前・戦後に活躍した挿絵画家の伊藤彦造が生まれました。大分県大分市出身で、剣豪・伊藤一刀斉の末裔であり、自らも剣の師範でした。大佛次郎や吉川英治の小説の挿絵を描いたことでも知られます。伊藤彦造という名は知らなくても、この人の描く剣士の絵などは、どこかで見た記憶があるという方が少なくないかもしれません。彦造の絵は、「凄絶」というのが相応しいような迫力があります。

伊藤家は実際に一刀斎以来の一刀流を継承しており、彦造の父親も達人でした。彦造も小学生の頃から、真剣を持たされて稽古を積んでいます。父親は剣への恐怖心を消すために、真剣で彦造を斬りました。もちろん怪我を負わせるのではなく、血がうっすらとにじむ程度に皮膚の薄皮一枚を斬るのです。よほどの達人でなければこれはできないと、彦造自ら語っています。稽古でそれを繰り返すうちに、ある時、彦造は皮膚が切れる「しゅっ」という音を耳にし、父親にそれを告げると、「免許皆伝だ」と言われたといいます。恐怖で平常心を失っていたら、音など聞き分けられないからでしょう。

彦造が挿絵画家としてデビューするのは、大正14年(1925)、大阪朝日新聞の連載小説「黎明」においてでした。時に21歳。 同年、行友李風(ゆきともりふう)の連載「修羅八荒」でも挿絵を描き、大いに人気が出て、大阪朝日新聞の部数はぐんぐん増えたといいます。

彦造の挿絵は、当時としては珍しい濃密なペン画でした。それにあう紙もペンも国内になく、わざわざ外国から取り寄せたといいます。しかしペン画だからこそ表現できる、緊張感がありました。のほほんとした絵ではなく、描かれた二人の剣士の一方が、次の瞬間には死を迎えることを予感させるような、異様な迫力です。それを「殺気」と表現する人もいます。

またペンで描くのも、真剣で打ち込むのも覚悟は同じという父親のアドバイスを受け、彦造は早い時期から下書きをせず、いきなりペンで描きました。すると自分の心に沿った線が描けるようになり、絵が「死んだ絵」ではなくなったとも語っています。

大阪朝日新聞だけでなく、当時の人気雑誌「少年倶楽部」や「キング」「講談倶楽部」などに掲載された彦造の挿絵は大いに歓迎され、挿絵画家としての地位を確立しました。

昭和6年(1931)、非常時の声が高まる中、27歳の彦造は憂国の思いから、「神武天皇御東征の図」を絹本に描きますが、なんとそれは自らの体を傷つけて、血をもって描いたものでした。この絵は当時の陸軍大臣荒木貞夫に贈られています(現存せず)。

そしてこの頃から挿絵画家から遠ざかり、日本画制作に打ち込み始めます。それらの画題は、尊王・尚武・忠孝を表現する歴史の中に求められ、芸術をもって国家の力になることを目指したものでした。

特筆すべきは、昭和18年(1843)のアッツ島玉砕を受けて、守備隊長山崎保代大佐と将兵を描く記録画制作です。描き始めてより、彦造は血みどろの将兵が斃れる同じ夢を毎晩見続けたといいます。

彦造は非常に勘が鋭いというか、ある種の能力があったようです。事件の犯人を見抜いたり、災害を予知した話が伝わります。新聞社で仕事をしていて、棚の上を鼠が走った時、彦造が睨むと落下したという逸話もあります。昭和の剣聖・山田次朗吉にも同様の逸話がありますが、剣を極めた者ゆえでしょうか。

戦後は、大衆雑誌、小説誌、子供向け雑誌の挿絵画家として再び活躍。たとえ子供向けの記事でも、絵には一切手を抜きませんでした。そのテーマは鞍馬天狗、丹下左膳はもとより、日本武尊、蘇我入鹿、宇治川の先陣争い、渡辺綱と鬼、川中島の一騎討ち、中山安兵衛の高田馬場の決闘、間宮林蔵、彰義隊、白虎隊などなど、それらに接する当時の子供たちが、普段からいかに歴史に親しんでいたかが窺えます。

昭和45年(1970)、66歳まで現役で活躍した彦造は、平成16年(2004年)9月9日、彦造は100歳で大往生しました。昭和49年(1974)、筆を擱いた後、彦造はこう語っています。

「挿絵も芸術である以上、死骸を描いても美しくなけりゃいけません。醜い現実を、画家の目を通して美しく描く……。これが芸術というものでしょうよ」

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