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なぜ、家康は「徳川」に改名したのか。その理由は?

2017年12月29日 公開

歴史街道編集部

徳川家康
 

松平家康、従五位下三河守に叙任。姓を「徳川」に改める

今日は何の日 永禄9年12月29日

永禄9年12月29日(1567年2月8日)、松平家康が徳川姓を朝廷から許されて、徳川家康と名乗り、従五位下三河守に叙任されました。家康はなぜ、姓を松平から徳川に改めたのでしょうか。

徳川家の系譜は江戸時代に随分書かれていますが、その多くは家康の家臣・大久保彦左衛門忠教の『三河物語』を下敷きにしているといわれます。すなわち「徳川将軍家の祖は、新田義重である。彼は清和源氏の嫡流であったが、一族の新田義貞の威勢に押されて、新田の内の徳河(得川)郷に住み、徳河殿と称した。そして新田義貞が足利尊氏に敗れた際、徳河を去り、その子孫10代ほどは各地を放浪した。やがて子孫の一人が時宗の僧になり、徳阿弥と号して三河酒井郷を訪れ、男子をもうけた。次いで松平郷の太郎左衛門という人の婿となり、酒井の子を家老にした。これが初代・松平親氏である」というのがおよそのものです。

松平親氏なる人物が本当に新田の子孫であるのかはわかりませんが、新田氏の流れであると称したのは家康が最初ではなく、おそらく家康の祖父・松平清康からでした。清康には「世良田次郎三郎清康」という署名があり、世良田は新田庄内の得川郷のある土地の名なので、新田の子孫であると称しているのに等しいのです。こうした背景もあってか、家康には若い頃から「松蔵源元康」といった署名をしました。松平蔵人佐源元康という意味です。自分は源氏であると称していたわけで、永禄9年には、松平から徳川の改姓を朝廷に願い出ました。

では、なぜ改姓したのでしょうか。徳川は徳河、得川に通じ、またかねてより家康が源氏を称していて、さらに祖父・清康も世良田を称していたことを思えば、改姓することで、自分が源氏の名門・新田氏の子孫であると天下に認めさせたかったと見るのが妥当でしょう。家康からの申請を受けた朝廷では、出自を示す明確な証拠がなかったため改姓許可は難航しますが、同年の末には徳川姓が朝廷から認められ、従五位下三河守に叙任されます。三河半分を手中にしていたとはいえ、出自不明の一豪族が叙任と改姓を認められるのは破格といってよい事でした。

実はこの時、朝廷が認めるきっかけとなったのは、家康から周旋を依頼された近衛前久と吉田兼右が見つけたある旧記だったといいます。それによると徳川氏は源氏であり、二系統あるうちの惣領家には、藤原氏になった先例があるというものでした。つまり家康の改姓と叙任を朝廷は、源氏であるからというより、藤原氏になった先例があるからという理由で認めていた可能性が高いのです。タイミングよく見つかった旧記が果たして本物かどうかはさておき、面白いことに家康は以後、源氏だけでなく藤原氏も称しました。本来、源氏の名門を称するための改姓であったはずであり、後年、征夷大将軍に就任する際も源氏であることがものをいうわけですが、天正年間には「三位中将藤原家康」などという署名もしています。

これはなぜなのでしょう。 その一つの理由として、武家の叙任には本来、征夷大将軍の推挙が必要とされていたからだと見られます。ところが家康が申請した永禄9年には、13代将軍足利義輝が松永弾正らに討たれて、後任が決まっていませんでした。将軍位が不安定であれば、将軍の推挙を受けやすい武家の源氏だけで通すよりも、公家の一族である藤原氏も称した方が叙任には有利であると見ることができるのです。織田信長による足利将軍追放によって、以後も源氏であることで叙任に有利ということはなく、天正年間に藤原氏で署名したのはそうした理由がありそうです。

その一方で、たとえば源氏の里見氏と手を組む際は、「同じ源氏のよしみだから」と源氏を前面に出したりもします。巧みに使い分けていたと見る方が実情に近いのかもしれません。そして自らが征夷大将軍に就任する際には、もちろん源氏であることを強調しました。この辺にも家康のしたたかさを見てとることができるでしょう。

なお、徳川への改姓はあくまで家康個人のことであり、松平一族すべてが徳川になったわけではありません。 家康の息子でも、徳川を明確に称したのは、3男の秀忠と、御三家の祖となる9男義直、10男頼宣、11男頼房の4人のみでした。

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