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那須与一 「扇の的」で名を上げた若武者!家督を捨て、供養の旅に出る

2018年08月10日 公開

日本史・あの人の意外な「第二の人生」より

那須与一
 

那須与一、「扇の的」のその後

日本史・あの人の意外な「第二の人生」源平合戦の一つ、「屋島の戦い(1185)」。船の上に平氏が、岸に源氏が布陣し、激しい戦いがくり広げられた。そのとき、平氏軍のなかから美女を乗せた小舟が登場。「竿の先に立てた扇の的を射てみろ」と源氏を挑発してきた。「外せば恥になる」という厳しい場面。指名されたのが那須与一(生没年不詳)だった。与一はプレッシャーに打ち勝ち、見事にこの的を射抜いた。

与一については、よくわかっていないが、那須氏の2代当主だとされる。「与一」は「十あまる一」の意味であるため、与一は十一男だったと考えられる。那須家の長男から9番目までの兄たちは平氏に味方したが、なぜか与一と十男は源氏に付いた。そして与一は源義経の配下として戦場におもむき、「扇の的」で名を上げることになったのだ。

この一件で、源頼朝は5カ所の荘園を褒美として与えた。十一男という立場ながら、那須家を継いだ与一は、兄たちを許してもらい、領土を分け与えてともに那須家を盛り立てたという。

生没年が不明なため定かではないが、「扇の的」のとき、与一は十代後半だったと推定されている。この後、与一がどのような人生を歩んだかもよくわかっていない。

説の一つは、「京都で出家し、即成院(現在の京都市東山区にある寺院)で過ごした」というものだ。扇の的事件の前、与一は京都に向かう旅の途中で急な病に倒れたとされる。

京都の伏見で療養していた与一は、即成院の阿弥陀如来を熱心に信仰した。その甲斐あってか、病も癒え、屋島の戦いでの武功につながったという。与一は戦いの後、即成院に戻って出家。源平の戦いで亡くなった人たちの菩提を弔って暮らしたという。30代のときに、阿弥陀如来の前で死去。即成院には、与一の墓も残されている。この説によれば、10代で出家して余生を過ごしたことになる。

「頼朝と衝突の末、全国放浪」説もある。頼朝の側近、梶原景時が「与一が悪い」と頼朝をたぶらかし、与一と景時率いる幕府軍とが交戦するはめになった。身に覚えのない与一ら那須家の面々は徹底抗戦を選択。馬と弓とを巧みに使ったゲリラ戦で対抗。景時らを撃退してしまったという。「よく聞いてみれば、那須家に罪はない」とわかったものの、引っ込みがつかない。結局、有利な条件で和睦を結んだが、与一は蟄居することになった。これを機に、与一は家督を兄の誰かにゆずり渡し、放浪の旅に出たとするものだ。

「法然弟子入り」説もある。この説では与一の出家時期は、1202(建仁2)年頃とわかっている。与一は30代前半だったという。法然とは浄土宗を開いた人物。与一は法然に弟子入りを志願して認められ、以降、法然と行動をともにするようになったというのだ。わずか2年で高弟の仲間入りをした与一は、「源蓮」の名をもらっている。京都の「二尊院」に収められた『七箇條起請文』という文書には、源蓮の名も記されている。

与一は出家後、実家の那須家から資金援助を受けながら、西国を旅し、源平の戦いで命を奪われた人びとの供養をし続けたという。与一は長く生き、60歳を過ぎてから、兵庫県神戸市にある北向八幡神社の滞在中に病で亡くなったという。

北向八幡神社の境内には「那須神社」があり、与一の墓もそこにある。

与一の「晩年」というには早すぎる第二の人生には諸説あるが、「扇の的」という華々しい登場以降、表舞台に登場しないことから、さまざまな説が生まれているようだ。那須家の家督を継ぎ、褒美として与えられた荘園という所領があるのにもかかわらず、「源平の戦いで亡くなった人びとの供養のために出家」したことは事実のようだから、何らかの理由で所領にいられなくなり、家も所領も捨てて出家したという流れだったのではないだろうか。

与一が仕えた義経と、兄の頼朝との争いも、与一の選んだ余生に影響を与えているのかもしれない。『平家物語』の一説「驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」ではないが、源氏と平氏、頼朝と義経―。そんな争いを見てきた与一は、無常を感じて出家の道を選んだのかもしれない。

※本記事は、「誰も知らない歴史」研究会編著『日本史・あの人の意外な「第二の人生」』より一部を抜粋編集したものです。

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