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天下で恐ろしい人物、それは横井小楠と西郷南洲だ~勝海舟の人生訓

2018年10月21日 公開
2022年02月04日 更新

童門冬ニ(作家)

勝海舟
勝海舟
 

流れにのりながら自己を確立した横井小楠

ものごとは機に臨み、変に応じて処置せよ。

これは勝海舟の言葉ではない。横井小楠の言った言葉を彼が引用している。

「今まで会った人間の中で2人恐ろしい奴がいる。1人は横井小楠で、1人は西郷隆盛だ。だから、横井の言うことを西郷が実行したら、日本はえらいことになる」

というのは、勝の口癖だった。しかし、事実はその通りになった。大政奉還から王政復古は、横井小楠の言ったことを、西郷隆盛が自分なりにアレンジして実行した政治変革だった。

勝は、横井小楠と長崎ではじめて会った。その時に、既に途方もない利口者だ、と感じた。勝が、横井小楠を偉いと思ったのは、横井がこう言ったからだ。

「今、私がこういうことを言っているのは、今日はそう思っているからだ。しかし、明日になったら何を言うか分からない。今日言ったことと全然逆なことを言うかもしれない。それは、私の考えが、今日と明日ではまったく違うからだ」

小楠のこの言葉に、勝は大いに感心した。そして、
「大抵の人は、小楠のこういう言葉を聞けば、何ととりとめのないことを言う奴だ、と呆れるだろう。事実、大久保利通などは、維新後、小楠を政府に招いたけれど、大したことはない人間だ、と言っていた。が、これは大久保に目がないのであって、小楠はそんな人間ではない。普通のものさしではとても計りきれない人間なのだ」
と言っていた。もともと、小楠はものにこだわらない人間だ。だから、定見がなくて、機に臨み、変に応じて処置するだけの余裕があった。しかも、彼は、何かものごとに失敗した人間が来て、どうしたらいいか、と尋ねると、懇切丁寧に、その失敗の事実を聞き、分析して、
「それは、こうしてみなさい。そうすれば、失敗が逆に生きてくる」
という知恵を授けた。小楠は失敗を利用して、その人間が逆に手柄をたてるようなことを考え出す天才的な人物だった。

勝海舟は、咸臨丸でアメリカに行った後、日本に帰ってきて、問われるままに横井小楠に米国事情を伝えた。小楠は、細々としたことには関心をもたず、政治体制に異常な興味をもった。後に、小楠は、
「将軍は政権を返上して、開明的な大名や、武士や、市民まで動員して、有能な人々による共和政府を作るべきだ」
と主張する。この説の根拠は、勝が教えた米国事情である。小楠はそういうふうに、人から得たヒントを最大限に活用することにかけては天才だった。この才能は、坂本龍馬にもある。龍馬もまた独創性に富んだ人間ではなく、他人から得たヒントを基に、それを拡大充実することに長けていた人間である。

小楠の唱えた共和政治は、その後、西郷隆盛に引き継がれ、西郷も一時は、
「日本を共和政府にしなければ駄目だ」
としきりに言いまくった。西郷の口から、共和などという言葉が出るとおかしいが、しかし、それほど小楠の影響は大きかった。勝が、
「小楠の言うことを、もし西郷が実行したら、日本はえらいことになる」
と言ったのはこのことであった。やがてそれは大政奉還と、つづく王政復古という形で実現した。

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