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山本五十六と楠木正成――人を動かすリーダーの条件

2018年11月26日 公開
2022年08月09日 更新

童門冬ニ(作家)


楠木正成像
 

2人の人間的付加価値

現在、リーダーの条件としてよくいわれるのは次の5つだ。

先見力・情報力・判断力・決断力・体力である。しかし、これだけではダメだ。

いま、モノやサービスについて、よく「本体だけでは、客のニーズを満たすことはできない。むしろ、本体に加えられた付加価値が勝負どころだ」といわれる。リーダーも同じだ。条件である先見力から体力までは、いってみればリーダーシップにおける本体だ。従う者に「この人のためなら」と思わせるには、やはり「人間的付加価値」が必要だ。この人間的付加価値を別の言葉でいえば、「人間の器量」であり、「他の人にない魅力」である。

山本五十六も楠木正成も、この人間の器量や魅力をふんだんに持っていた。それが、みすみす敗れるとわかっていても、多くの部下が2人を慕い、ついていったゆえんだろう。つまり、2人は普通の武将でなく、「仁将」だったのである。

仁将というのは、知による戦略を実行しながら、情によるリーダーシップを発揮する。特に、下の層に愛情深い手を差しのべる。

山本五十六が、航空母艦に着艦しそこない、危うく海に落ちそうになった飛行機を走って追いかけ、その尾翼に飛びついたというのは有名な話だ。艦長がそんな真似をするものだから、部下の将兵も、あわてて尾翼に飛びついた。その飛行機は、かろうじて航空母艦の上に留まることができた。

また、五十六はよく負傷した飛行兵を見舞った。盲目になった少年兵を見舞ったとき、五十六はその少年兵にこういった。

「海軍は、絶対におまえを見捨てないぞ」

言葉をかけたのが山本五十六だと知って、少年兵は見えない目からいつまでも涙を流しつづけた。

日本の組織人が行動する動機(モチベーション)には、知的なものと情的なものとの2つがある。

知的なものによって動機づけをする人間は、「何を行なうか」あるいは「何のためにそういうことをするのか」という、理論的なものを重視する。つまり、内容や目的によって、動いたり動かなかったりする。

ところが、情的なものを重視する人間は、「誰がそういうことをするのか」とか「誰のためにそんなことをするのか」という、いわば「人間」にこだわる。したがって、どんなにいいことでも、命令する者が気に食わなければ、協力しない場合がある。つまり、動かない。ここが、日本人の摩訶不思議な性格だ。

おそらく、外国人が「日本的経営」を理解できない理由は、実をいえばこの辺にあるのではなかろうか。特に情的なものによって動機づけをする人間は、不条理なことを信じている。それが「人生意気に感ず」であり、「あ・うんの呼吸」であり、「以心伝心」だ。

そして、この不条理性を持つ心情があきれるほど意外なパワーを生みだす。おそらく自分でもわからないような力を発揮することがある。山本五十六も楠木正成も、部下にこういう動機づけをし、思わぬ力を発揮させた名リーダーだ。

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