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日米開戦を「近衛総理に一任」した及川古志郎海相を、元・海軍中堅幹部はどう評価するのか



2018年12月18日 公開

海軍反省会

及川古志郎
海軍大将・及川古志郎
 

海軍大将 及川古志郎(おいかわこしろう)の海軍大臣時代の評価のあり方について、第66回海軍反省会で、怒声混じりの大議論が繰り広げられた。

及川は第二次、第三次近衛文麿内閣における海軍大臣である。日独伊三国同盟締結に邁進する陸軍と、ドイツを信用せず、米内光政、山本五十六、井上成美の三羽烏を中心に締結を阻もうとする海軍が対立し、緊張が高まる中、前任者の吉田善吾に変わって海軍大臣に就任したのが及川であった。及川は、定説としては、他の海軍首脳との了解なしに、締結に賛成したとされている。

また、1941年10月12日に、アメリカとの交渉の押し詰まりを受けて、日米開戦か中国からの撤兵かを決定するために開催された「荻外荘会談」においても、定説としては、「海軍はアメリカに勝利できない」ということを言わず、「近衛総理に一任」とし、海軍大臣としての責任問題を問われている。

「海軍反省会」においても、及川問題は折に触れて顔を出し、責任追及派と擁護派に分かれての議論が見られるが、今回紹介するのは、追及派の三代一就氏と擁護派の大井篤氏による感情むき出しの激しいやりとりがあった時のものである。定説を構成する史料の信憑性も話題となっており、興味深い内容である。

※本稿は、戸髙一成編『[証言録]海軍反省会8』(PHP研究所)より、一部を抜粋編集したものです。本書は極力「話し手の口調」をそのまま書き取って収録しています。
 

及川古志郎海軍大臣への評価が定まらない理由

第66回海軍反省会 昭和60年6月3日開催

発言者
三代一就、佐薙毅、大井篤、末国正雄、黛治夫、小池猪一、鳥巣建之助、久原一利 野元為輝 土肥一夫

 

和戦の決断を迫られる近衛文麿首相

佐薙 近衛(文麿)総理は10月と言って、9月から10月に飛んでいるんすね。

ここで一つ大事なことがあったのはね、9月の25日に両陸海軍統帥部、参謀統帥部、参謀総長と軍令部総長がね、軍令部が政府にね、9月の6日の御前会議で決定した10月上旬までに和戦の決を決めると言ったのは、もう10月に迫るんだけどまだ決まっていないと。

これをね、10月の15日までに和戦の決を決めてくれと言って両統帥部長が政府に申し入れをしたわけなんですね。

これはね、近衛(文麿)総理のその後の心境に非常に影響して、近衛(文麿)総理は内閣を投げ出す一つの誘因にもなったと思われる。

このことはね、保科(善四郎・兵41)先生の書かれた『大東亜戦争秘史』(1975年、原書房)にもね、この両統帥部の申し入れが近衛(文麿)総理に非常なショックを与えたということが書かれている。

この9月のところから10月に、近衛(文麿)総理が荻窪で会談をする前の間にそういう申し入れがあって、近衛(文麿)総理に非常なショックを与えていたということが、ここ(反省会当日の三代一就氏の発表原稿)に抜けているんですけど、会議の記録の中に残しておかれたらいいんじゃないかと、こう思います。

三代 ちょっと待って下さい。

そうするとこの問題はね、何か10月12日荻外荘のあれがあったということは間違いですか。

佐薙 いやいやそうじゃなくて、その前にね、その前に9月の25日に両統帥部がね、陸海軍統帥部が政府に対して、9月6日の御前会議の決定に従って10月上旬までに和戦の決を決めるということが9月6日の御前会議で決まっていると。

ところが9月の末になっても一向に埒が明かないと。10月上旬はすぐ迫っているんだと。

政府がグズグズしてるから、10月15日を限度に和戦の決を決めてくれ、ということを政府に申し入れたわけです。両統帥部が。

これは統帥部と政府との間の重大な折衝で、このことは近衛(文麿)総理に非常なショックを与えたというか、近衛(文麿)総理はまだ事態をゆっくり考えていたと。

ところが統帥部が10月15日に和戦の決を決めろと、こう迫られたということは一つの大きな出来事であったと。

このことは保科(善四郎・兵41)先生の『大東亜戦争秘史』(前出)にもこのことをとくに抜き出して書いておられる。

三代 それはですね、そのー。

佐薙 私が言うのはね、そのことをね、あなたの中に入れろとは言わないけれども、会議の議事録の中にね、そういうことが一つ大事な転換であったということを記事の中に入れて頂きたい。会議の議事録の中にね。

三代 後でね、後でそれが出てくるわけですよ。

佐薙 後で出てきますか。9月25日の申し入れが。

三代 9月6日の御前会議の決定は白紙にしろと。

佐薙 いやいやそうじゃなくて、私が言うのは9月25日にね、とにかく統帥部が10月15日までに和戦の決を決めろと、政府に強硬に申し入れたことがね、政府に非常なショックを与えた、ことに近衛(文麿)総理に非常なショックを与えたということが一つあるわけなんです。その事実をね、ただ私が申し上げているわけです。

9月6日の御前会議を白紙に戻すということとは無関係。

要するに統帥部としては10月15日までに和戦の決を決めろという強い要求を出したということがね、この機会における一つの大きな政府と統帥部の間の出来事であったということを申し上げているだけです。

(中略)

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戦後に流布した「及川批判」には嘘がある >



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