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日本とハワイ王国、幻と消えた対米同盟

2019年07月19日 公開
2022年07月07日 更新

中西輝政(京都大学名誉教授)

カメハメハ大王
ハワイ王国を統治した君主の旧公邸イオラニ宮殿とカメハメハ大王像

昭和、平成を経て、令和を迎えた日本。時代の節目とともに歴史に関する記憶が薄れてしまい、先の戦争について「日本が愚かな戦いを行なった」という認識しか残らないとすれば、大きな不幸である。
三国同盟、日米開戦、ミッドウェー海戦、キスカ島撤退、終戦の聖断、占守島の戦い、東京裁判……いまこそ思い込みや通説の誤りを排して歴史を振り返り「太平洋戦争の新常識」を探るべく、豪華執筆者による論考を掲載した新書『太平洋戦争の新常識』が発売となった。本稿では同書よりその一部を抜粋し紹介する。

※本稿は、『太平洋戦争の新常識』(歴史街道編集部編、PHP新書)掲載、中西輝政《日米両国は五十年間、戦端を開かなかった》より、一部を抜粋編集したものです。
 

19世紀後半から「潜在的ライバル」だった日本とアメリカ

古今東西の歴史を振り返ったとき、「戦争の起きる可能性が特に高い」と思われる〝構図〞がいくつかあります。

最近では、ハーバード大学教授のグレアム・アリソンの著書『運命づけられた戦争』(邦訳の書名は『米中戦争前夜』、ダイヤモンド社、2017年。同書は現在、対立関係にあるアメリカと中国が、いずれ戦争に至るのかどうかを論じたものです)の中で取り上げられた、「ツキディデスの罠」という見方が注目されました。「ツキディデスの罠」とは、古代ギリシャの歴史家ツキディデスの名にちなんだ表現で、「従来の覇権国に挑戦する有力な新興国が出てくると、時間が経つほど追い上げられる覇権国が不利になる。だから早いうちに、戦争によって挑戦する新興国を叩き潰そうとする」というものです。

紀元前5世紀のペロポネソス戦争から近代まで、「覇権国vs.挑戦する新興国」の対決というパターンにあてはまる世界史上の15の事例をピックアップしたアリソン教授は、そのうちの12のケースで結局は戦争になったと指摘しています。

確かに、そうしたメカニズムはあると思います。しかし、1941~1945年(昭和16~20年)にかけて起こった日米戦争は、現代の日本人はえてして、そう捉えがちですが、「新興国の日本が覇権国アメリカに挑戦した」という構図では決してありません。

では、両者はどういう関係だったのか。19世紀から20世紀にかけて、日米両国はどちらも、「グローバル覇権国である大英帝国(パックス・ブリタニカ)への挑戦者」であり、日露戦争後に顕著になる日米の対立や争いはアジアと太平洋の地域覇権をめぐるものだった、と位置づけられます。

日本は、1868年(明治元年)に始まる明治維新から近代国家の歩みを始め、急速に国力を伸ばしていきました。一方のアメリカも、1865年(慶応元年)に終わった南北戦争後に、本格的な海外進出へと動き出します。そして、1880年(明治13年)頃から、両国はほとんど同時に、それぞれ将来の目標として、東西から「アジア・太平洋の覇権」という山の頂上を目指して登り始めていたのでした。この時点で、すでに日本とアメリカは「潜在的ライバル」だったといっていいでしょう。それを劇的に物語るのは、「ハワイ王国の滅亡」です。

19世紀の終わり頃、ハワイを代表する名曲、あの「アロハ・オエ」をつくったリリウオカラニ女王が、ハワイを統治していました。その時代に日本とアメリカは、それぞれ同時にハワイでの存在感を増していたのです。

とりわけアメリカの野心に脅威を感じたハワイ王国は、独立を守るため、日本の皇族との婚姻を通じて日=ハワイ間の同盟関係を結ぼうとしたのですが、当時の日本はまだアメリカと正面切って争う力はなく、明治天皇と日本政府は対米譲歩を選択し、「日本とハワイ王国の対米同盟」という構想は立ち消えになりました。

その後、1893年(明治26年)に、ハワイにいるアメリカ人が武力クーデターを起こし、一方的に王政廃止を宣言して、ハワイ王国は滅ぼされます。

このとき、ハワイの日本人居留民を保護するという名目で、日本海軍の軍艦「浪速」が急遽、ハワイに向かいました。

ホノルルに入港した「浪速」は、艦長の東郷平八郎が〝礼砲〞と称して、アメリカの軍艦に向けて大砲を撃ちます。これは「ハワイ王国を救うために、日本が武力介入する姿勢をほのめかした」と、アメリカ系白人の目には映りました。

もちろん、日本にアメリカと砲火を交じえる力はありません。しかし、そうすることで東郷平八郎はアメリカ系白人の横暴に対し、「一矢を報いた」わけです。

日米戦争は1941年の真珠湾攻撃で始まりますが、それに先立つこと約50年、このような日米両国の「確執」を象徴する事件が、まさにそのハワイで起こっていたのです。

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