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信長を追い詰めた“戦国の雄”朝倉五代と一乗谷の真実

2020年06月17日 公開
2022年08月01日 更新

吉川永青(作家)

 

「信長包囲網」を形成し最も追い詰めた男

最後の当主・朝倉義景は、 十三代将軍・足利義輝が暗殺された「永禄の変」を境に、歴史の表舞台に登場する。

この変事に際し、義輝同腹の弟・覚慶入道──後の足利義昭が興福寺一条院に幽閉された。義昭は細川藤孝や和田惟政の尽力で救出されるのだが、これに義景も助力している。恐らく資金面の援助や、幕府・朝廷への働きかけであろう。そうした縁もあり、1年後の永禄9年(1566)8月、義昭は越前を頼った。

義昭は越前敦賀に入ると、朝倉と一向一揆の和議を周旋した。長く対立した両者の和睦は簡単ではなかったが、永禄10年(1567)12月に成立を見る。義昭はこれを恩として上洛の供奉を求めたが、義景はこの要請に冷淡であった。

結果、義昭は越前を去り、織田信長を頼んで上洛を果たす。そして信長は飛躍を遂げた。

これを以て、義景には「好機を逃した凡物」という見解が付いて回る。しかしこの時の義景の判断は、二代前の貞景が足利義稙の支援を断った話と、根幹が全く同じなのである。

義景が義昭の要請に応じる場合、京を支配する三好三人衆を駆逐する必要があった。それには大軍を率い、越前をほぼ空にせねばならない。越前の背後に一向一揆があることを思えば、それは不可能な選択であった。

確かに、義昭の周旋で一向宗との和議は成立していた。とは言え、相手は祖父の代から80年近く争い合った集団である。それを、ついこの間の和議ひとつで信用する方が、よほど凡庸であろう。隙を見せられない、兵は出せないという判断になって当然なのだ。

結果的に、義景は信長に大きく後れを取った。だが、ここからが義景の見せ場である。

まず自身の娘を本願寺の次期法主・教如に嫁がせ、一向一揆と完全な和解を果たした。次いで信長と対立し始めた義昭と連携し、本願寺顕如・三好三人衆残党・武田信玄・浅井長政・六角義賢と共に信長包囲網を形成する。

この包囲網は信長を散々に苦しめた。元亀元年(1570)4月の「金ヶ崎の戦い」に於いて、義景は浅井の裏切りを誘い、織田軍を完膚なきまでに叩いた。同年6月の「姉川の戦い」には敗れたものの、これとて徳川家康の援軍がなければ織田の惨敗という戦だった。同年秋の「志賀の陣」では、信長が和議に逃げざるを得ないほどに追い詰めている。

止めの一手が武田信玄の上洛だった。だが当の信玄が途上で死去し、包囲に綻びが生じる。信長は絶体絶命の危機から息を吹き返した。

以後、義景は信長の猛烈な反撃を受ける。そして天正元年(1573)8月20日、敗れて自害に追い込まれた。戦国大名・朝倉氏は滅亡し、五代百余年の歴史に幕を閉じた。

家を潰した当主は低く見られる。しかし義景は、決して凡庸な人物ではなかった。

義昭の上洛要請に対する判断は、先に述べたとおりだ。そして信長包囲網である。これには将軍の権威が不可欠だったろう。だが朝倉氏の持つ軍事面・政治面の影響力なしで、これほどの錚々たる面々が集い得たかどうか。義景は父祖から受け継いだ力を最大限に活用し、信長を最も追い詰めた人物と言えよう。

敗れ去った経緯を見れば、そこには「運」という怪物の存在が確かに認められる。義景の実像を探るには、朝倉氏が置かれていた状況まで含めて再評価する必要があるだろう。結果論で「凡庸」と斬って捨てるのは、結果を知る現代人の傲慢と思えてならない。

義景自害の折、一乗谷は焼き討ちされて灰燼に帰し、以後は放置されてきた。現在の一乗谷は谷あいの小さな里といった風情で、一面に長閑な風景が広がっている。

だが近年の発掘により、一乗谷は復活を始めた。今では朝倉氏の居館跡、国の名勝に指定された各種庭園跡、城の遺構を観光できる。庭園跡には後世の改変がなく、室町末期の様式を伝えているそうだ。四百年余り放置されていたことが、皮肉にも功を奏した格好か。

これら観光資源に合わせ、城下町も一部復原された。山を背にした町並みは落ち着きのある佇まいで、京をも凌いだ栄華の跡が見え隠れする。この先も色々と復原されてゆくのだろうか。ぜひ、訪れてみたい土地である。

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