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開拓時に活躍した久島重義を顕彰して看板を設置~われらの「歴史活動」レポート

2022年02月16日 公開

北海道池田高等学校総合学科17期生

北海道池田高等学校総合学科17期生

北海道池田高等学校総合学科17期生
十河尚輝(代表)/橋本浩汰(副代表)/相澤佑太朗/山口結晶/西村金太郎/菅野留依/沼田萌
写真:池田町提供
 

池田町の発展に尽くした人物

令和3年(2021)春、私達は「池田農場開放記念碑」の看板を設置した先輩たちの活動を引き継ぐことにした。池田農場について調べていた先輩たちが、地域の方から「久島重義さんの石碑についても調べてほしい」と依頼されていたことを引き受けたいと思ったのだ。歴史的に価値のある彰徳碑の存在は、先輩たちから教えてもらった。私達もまた、先輩たちのように地域の良さを広く伝えたいという思いから、この看板設置の計画を立てた。

北海道の池田町は、北見方面から流れてくる利別川と日高山脈から帯広を通って流れてくる十勝川のちょうど合わさるところにある。かつて池田が川合と呼ばれていたのも、そのなごりだ。

川の合流地点であるということは土壌が豊かなだけでなく、各方面への道も作りやすく、交通の要所になった。そのことは、単に第一次産業が発達しやすいだけでなく、多くの人がこの地に住むきっかけとなった。このことから、開拓が始まった当初から池田町開拓の成功の可能性は高かったと思われる。

現在、池田町では、「いけだ牛」という牛が有名である。池田町の観光名所である「ワイン城」のレストランでも、イチオシの食材として扱われている。特徴的なのは、ワイン製造過程での副産物であるワインオリを飼料として与えていること。ワインが有名な池田町ならではの有効活用だ。

もちろんそのワインも池田町の魅力の一つ。ワインの中には、野生種の山ブドウを配合したりしているものもある。味わい深い山ぶどうが育つ自然環境があることも、池田の誇りだ。いけだ牛やワインのほかにもネバリスターという長いもも有名で、十勝池田町農協の有力な商品となっている。

このように池田町は第一次産業が盛んで特産品も豊富という特徴がある。この第一次産業発展には、やはり開拓時の農場を管理した久島重義さんの活躍があったと思われる。農場開墾には牛馬の飼育が欠かせないことに着目し、小作人にも牛馬を飼育するよう勧めた。また、農民が連帯の下に農事に励むべきであるとして、十勝農会の副会長をはじめ各公職において十勝全体の農業指導育成に尽力した。

このような久島を地元民は道政に送り込もうとしたが、久島は農業以外に手を出すことを嫌い、農民と共に生きることを選択。久島重義という方がいたおかげで、現在に至るまで第一次産業が発達してきたのだと思われる。
 

看板を設置するための活動

まず始めに、久島重義さんの功績について文献を中心に調べた。

『池田町史』や『池田農場史』などには、明治29年(1896)、旧鳥取藩主であった池田仲博侯爵が、国有未開地の払下げを受けた時、侯爵の相談役であった北海道庁長官の北垣国道氏が、久島さんを池田農場の管理人に推挙したことが記録されている。

管理人として小作人と開拓を進めて行くなかで、農事指導組織の必要性を痛感し農会を設立、以来農会長を務めて、十勝全体の農業指導育成にも尽力した人物であることがわかってきた。

文献調査と並行して、碑文の解読を進めたが、碑がすでに劣化しており解読は難航した。そのため、碑文内容がわかる過去の記録を池田町から提供していただき、作業を続けた。

こうしたことは初めての経験で、1文字1文字の理解に時間がかかった。また、時代背景を理解していないと解読できなかったため、言葉の意味を調べることと並行して当時の歴史についても探究した。夏の間、解読作業は続いた。

解読作業がある程度進んだころ、印象的なエピソードに出会った。

『池田町史』には、池田で暮らしていた久島重義さんに、都会に住んでいた長男が、田舎暮らしを慰めるためにラジオを送った時の話が載っている。

久島さんは喜ぶどころか、「小作人が聞くことのできないものを、自分だけが楽しむわけにはいかない」と言って、そのままラジオを送り返したという。

自分自身に厳しく、かつ、小作人の気持ちや立場を理解できる心がある人だったことが伝わってくる。こうした人柄が、当時の農民たちに彰徳碑を建てたいという気持ちにさせたのだろう。

なお、碑文は、札幌農学校で久島の同期生だった、元北海道大学総長の南鷹次郎が書いている。

秋、私達はさらに理解を深めたいと考え、池田農場の小作人であった嶋木悦蔵さんの曽孫の嶋木正一さんにインタビューをした。

その中で、池田農場に開拓者として来たのは26戸であり、そのほとんどが家族全員で移住してきたという話に心が動いた。もう二度と故郷に帰らないという決意でここに来た、ということがわかったからだ。

また、久島さんは約45年間、開拓の様子を見守っていたという話も聞かせていただいた。

土地を開拓しても、それに対する報酬は、池田家の家紋が入った品物をもらうだけで、小作人らはお金をもらうことができなかったため不満があったが、夜逃げをする人や開拓を放棄する人はほぼいなかったそうだ。他の地域では農民一揆が起きていたが、池田農場では起きなかったという。

それは農場の管理人として、開拓者の苦労に寄り添った久島さんの存在があったからだろう。個人的なたくわえを小作人に与えたこともあったということも聞いた。

 今日の実り豊かな池田の大地は、時代に翻弄された小作人達と、その人々に寄り添う厚情の人によって開拓されたことを私たちは、この彰徳碑から学んだ。もちろんアイヌの人々が先住していたことも忘れてはならないと思う。

* * *

多くの方のご厚意とご協力のおかげで、こうして看板を設置することができました。関わってくださったすべてのみなさんに感謝をお伝えします。本当にありがとうございました。
 

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