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まるで少年漫画?『吾妻鏡』で畠山重忠が“怪力ヒーロー”として描かれる理由

2022年09月15日 公開

羽生飛鳥(作家)

畠山重忠公遺烈碑(横浜市旭区)
畠山重忠公遺烈碑(横浜市旭区)
畠山重忠は、元久2年(1205年)6月22日、北条時政に謀られ、領国から鎌倉へ赴く途中、武蔵国二俣川で討死した。

鎌倉幕府の公式歴史記録書である『吾妻鏡』。物語性が薄いはずの歴史書であるが、よく読んでみると、鎌倉幕府に関わった人物たちの個性豊かなエピソードが数多く記載されている。本稿では、『吾妻鏡』の中でも特に贔屓されて描かれた武将・畠山重忠のエピソードを紹介する。

※本稿は、羽生飛鳥著『『吾妻鏡』にみる ここがヘンだよ! 鎌倉武士』(PHP研究所)より、内容を一部を抜粋・編集したものです。

 

少年漫画のキャラクターさながらの怪力

畠山重忠(1164―1205)
武蔵国(埼玉県)の武士。北条時政の娘婿。『平家物語』『源平盛衰記』『曾我物語』と、数々の古典にも登場している。

畠山重忠は、鵯越の逆落しで、馬が怪我をしたらかわいそうだと言い、馬を背負って崖を下りた伝説を持つ怪力武者だ。

なお彼が馬を背負ったのは、この前の戦であった宇治川の戦いにて、彼の馬が流れ矢で死んでしまったから、2頭目の馬を守るためであったと、『平家物語』が無駄に巧みな伏線を張っている。

何はともあれ、愛馬を思う心優しい、いい話なのだが、馬を背負ったという信じられない怪力のせいで、いい話に焦点を合わせられない。

なお『吾妻鏡』によると、畠山は義経軍とは別行動を取っていたので、この馬を背負って下りた逸話は、史実ではなくフィクションだったとわかる。

フィクションと言えば、畠山は『源平盛衰記』でも、巴御前と戦って、彼女の鎧の一部をつかみ、引きちぎってしまったという怪力伝説が語られている。

当時の鎧は、皮と鉄片を紐でつないで作られたもので、総重量は20~30キログラムもある。紐もただの紐ではなく、何本もの糸を組んで作った頑丈なものだ。ようは、素手で破壊できるものではない。

この「素手で鎧を引きちぎる」というのは、当時の怪力を表す定番表現だったようで、『吾妻鏡』でも、とある地上最強生命体武士の逸話に登場する表現だ。こんなバトル系少年漫画の登場人物じみた怪力人間がゴロゴロいるとは、どんな集団だったんだよ、鎌倉武士。

以上は古典による畠山怪力秘話だが、記録書である『吾妻鏡』にも、畠山怪力秘話が残されていた。

建久3年(1192)旧暦9月11日。源頼朝は、これまでの戦いの戦没者供養のために、鎌倉に永福寺という寺を建設していた。

この寺のお堂の前には池が設けられ、池の中に石を立てることになっていた。この石設置工事の責任者は静玄という僧侶で、彼はこのために何種類もの石を用意していた。いくつかの石は一丈はあったという。

一丈と言えば、現在の単位に直すとおよそ3メートルだ。石というか、もはや岩だ。オチは見えているかもしれないが、静玄の指示に従い、畠山はこれらの石をすべて1人で運んだ。現代人ならクレーンを用意するレベルの代物を、である。

これを見て感心しない者はいなかったと『吾妻鏡』にはあるが、驚いた人がいる様子が記録されていないのは、「畠山さんなら3メートルの石を運べるッスよね!」という認識があったからだろう。

そうでなければ、いくつもの3メートルの石を1人で運ぶ人間を目撃した時の人々の感想が、感心だけではすむまい。

ところで、この逸話にはまだ続きがある。同年旧暦11月13日。頼朝が永福寺の池の石を見直すと、どうも位置が気に入らない。そこで頼朝は、静玄を呼び出して、石の位置を修正してほしいと頼んだ。ことわっておくが、石の大きさは3メートルだ。

静玄はすぐに承知して、また畠山に頼んだ。畠山は、快諾。何度も言うが、石の大きさは3メートルだ。ただし、この時は永福寺の建設が進み、池の中に水が入っていたからか、または寒い季節になっていたからか、さすがの畠山も1人で運ぶのは無理だった。それはそうだ。

そこで、仲間2人と共に力を合わせて石の位置を直した。なんと、畠山に匹敵する怪力の持ち主が、他に2人もいたのだ。重複は好まないのだが、あえて言いたい。どんな集団だったんだよ、鎌倉武士。

他にも畠山には、頼朝が都へ行く時のお供として同行した際、当時名僧として知られていた明恵上人に会いに行った逸話がある。この時、火事と間違えるほどの煙塵が発生し、寺はパニックとなった。

だが、明恵上人だけは、「名のある勇士の"気"が見えているだけだ」と落ち着いて畠山を出迎えた。オーラが見えるほどの怪力だったということか、畠山...。

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