ホーム » 歴史街道 » 編集部コラム

編集部コラム

2020年06月25日

「大河ドラマの時代考証」ってどんな仕事? 『麒麟がくる』の小和田哲男先生に聞いてみた

小和田哲男(静岡大学名誉教授)&前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)

「大河ドラマの時代考証」ってどんな仕事? 『麒麟がくる』の小和田哲男先生に聞いてみた

小和田哲男(静岡大学名誉教授)&前田慶次(名古屋おもてなし武将隊)

「名古屋おもてなし武将隊」は名古屋城にて観光客をもてなす武将と足軽の10人組である。2009年11月に結成され、名古屋ゆかりの6人の武将と4人の足軽で構成され、すでに10年以上にわたり活躍を続けている。 そのうち...

2020年03月03日

明石全登、坂崎直盛、花房正成…関ケ原後も生き残った宇喜多家の家臣たち

歴史街道編集部

明石全登、坂崎直盛、花房正成…関ケ原後も生き残った宇喜多家の家臣たち

歴史街道編集部

関ケ原での敗戦により、当主・秀家は八丈島へ配流、宇喜多家は改易となった。関ケ原で共に戦った者、すでに他家へ出仕していた者など、かつて宇喜多家に仕えた者たちは、それぞれの道を歩んだ。乱世を生き残り、後の世ま...

2019年02月02日

斎藤隆夫と「反軍演説」~政府・軍部への堂々たる論陣

2月2日 This Day in History

斎藤隆夫と「反軍演説」~政府・軍部への堂々たる論陣

2月2日 This Day in History

  立憲民政党の斎藤隆夫が「支那事変処理に関する質問演説」 今日は何の日 昭和15年(1940)2月2日 昭和15年(1940)2月2日、第75回帝国議会の衆議院本会議において、立憲民政党の斎藤隆夫が、「支那事...

2018年10月16日

武田と真田。織田の侵攻で明暗が分かれた両家のその後

歴史街道編集部

武田と真田。織田の侵攻で明暗が分かれた両家のその後

歴史街道編集部

武田家と真田家。天文15年(1546)頃に武田信玄のもとへ真田幸綱が出仕して以来、ともに乱世を歩んできた両家だが、織田信長の侵攻とともに、別々の道を歩むこととなる。 天正10年(1582)3月3日、真田昌幸による...

日本最大級の癒しイベント出展社募集中

WEB特別企画<PR>

アクセスランキング

WEB特別企画<PR>

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
日本最大級の癒しイベント出展社募集中

現代からの視点で日本や外国の歴史を取り上げ、今を生きる私たちのために
「活かせる歴史」「楽しい歴史」をビジュアルでカラフルな誌面とともに提供します。