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根回しを好まない松下幸之助は「社内にある派閥」をどう受け止めたのか?

川上恒雄(PHP理念経営研究センター首席研究員)

松下幸之助
イラスト:松尾達

人生100年時代を生きるビジネスパーソンは、ロールモデルのない働き方や生き方を求められ、様々な悩みや不安を抱えている。

本記事では、激動の時代を生き抜くヒントとして、松下幸之助の言葉から、その思考に迫る。グローバル企業パナソニックを一代で築き上げた敏腕経営者の生き方、考え方とは?

【松下幸之助(まつしたこうのすけ)】
1894年生まれ。9歳で商売の世界に入り、苦労を重ね、パナソニック(旧松下電器産業)グループを創業する。1946年、PHP研究所を創設。89年、94歳で没。

※本稿は、『THE21』2022年10月号に掲載された「松下幸之助の順境よし、逆境さらによし~どんなに賢い人でも、一人の知恵には限りがある。どんなに熱心な人でも、一人の力には限度がある」を一部編集したものです。

 

「無理解な上司や他部署」を味方につけることを諦めていないか

会社などの組織において仕事上のアイデアを実現することは労力を要するものだ。まず、頭の固い上司に理解してもらわねばならない。場合によっては、もっと無理解な他部署の協力も必要だ。そのためにも、松下幸之助は自分の案を売り込む技術を身につけるべきだと説く。

「自分が考えた一つの案が、仕事を進めるにあたって、会社として、あるいは職場において採用してもらえるか不採用になってしまうかということは、もちろんその案自体の内容にもよりますが、やはりある程度は、売りこみ方いかんによるのではないかと思うのです。(中略)

もし、そのような技術にそれほど関心をもたず、みずから説得の工夫をすることもなしに、『うちの上司や幹部は話が分からない』と投げ出してしまったり、不平満々であるならば、自分にとってはもとより会社にとっても大きなマイナスです」(『社員心得帖』PHP研究所)

けれども、大きな組織ともなれば、あるいは他部署や他社の協力が必要ともなれば、一人で売り込むにも限界がある。あらかじめ多くの賛同者を得たり、組織内で権限を握っているキーパーソンを味方につけたりすることで、"多数派工作"に注力することも考えるべきだ。

幸之助は、このような根回しに時間を費やすことには批判的だったが、自分の経営する松下電器(現・パナソニック)の組織が大きくなるにつれ、そうした面が生じてくることもわかっていた。

というのも、組織内に派閥のようなグループが発生するのは、政治の世界を見るうちに、自然の理であると考えるようになったからだ。

 

発生不可避な「派閥」は解消より善用に力を注ぐべし

幸之助は、政党など組織内の派閥間の不毛な争いには反対だったけれども、現実に派閥がなくならないのは人間の本性によるものだとし、派閥の発生は不可避であると論じた。

「"派閥解消"ということがさかんにいわれ、いろいろと努力もされているが、そのわりにあまり効果があがらないのが実情のようである。これは結局、派閥をつくるのは人間の本質であり、派閥をなくすことは不可能だからではないだろうか。つまり、派閥というものはなくせるものではなく、その存在をみとめた上で、活用、善用すべきものだと思う」(『指導者の条件』PHP研究所)

「派閥の善用」とはいうものの利害が対立している集団同士、そんな簡単に仲良くできるのか、疑問に思う人も多いだろう。しかし、自分のアイデアや提案が本当に実行に移すべきものだと考えているのならば、立場の異なる人たちにもその思いは通じるはずだ。

派閥のようなグループ間の利害調整を伴う場合は、まさにその調整に労力を費やしている政治家から学ぶべき点は多い。

例えば、聞いてばかりで決断力に欠けると言われるものの、岸田文雄首相が自分の特技について「人の話をしっかり聞くこと」と述べたことには一理ある。自分の案とは異なる意見を持つ人たちの話をよく聞くのは大切なことだ。

利害対立の激しい政治の世界では、対立をあおる主張を繰り返すよりも、かえって聞くことに徹し、相手の立場も理解することに努めるほうが、掲げた政策を実現する確率は高いのかもしれない。

その点で思い出されるのは、バブル時代の竹下登元首相である。

 

二人の首相の違いに見る政策の実現に必要な要素

竹下元首相は、自民党政権が10年来成し得なかった大型間接税(消費税)の導入をやり遂げたが、長年にわたり国会対策の裏方を担ってきた経験が活きた。

日ごろから野党議員のもとを訪れてはたわいもない雑談などをして、いつの間にか茶飲み友達のような親しい関係を構築する。消費税導入に反対する業界団体や労組団体の幹部らとの交流も欠かさなかった。

モットーは「汗は自分でかきましょう、手柄は他人にあげましょう」。相手の話をよく聞き、反論しない。

自分の考えとは異なっても、決して「間違っている」とは言わず、「そういう考え方もあるわな」と受け入れる。相手の立場も尊重できるような落としどころを見つけるのがうまかったのだろう。こうした傾聴と承認であれば、会社生活の中でもできそうだ。

東大法学部卒で旧大蔵省出身の宮澤喜一元首相は、元島根県議の竹下元首相よりも政策通だと思っていたにもかかわらず、なぜか竹下元首相のようには政策が実現しないと述べたことがあるという。

竹下元首相は高い学歴や職歴を要するような難しいことをしていたわけではなく、立場の異なる人とも日ごろから付き合いを欠かさず、相手の話をよく聞き、信頼関係を構築していった。幸之助は言う。

「どんなに賢い人でも、一人の知恵には限りがある。どんなに熱心な人でも、一人の力には限度がある。(中略)まず一人ひとりが、一人の知恵、一人の力に限りのあることを素直に認め、だからみんなの知恵と力とをぜひとも集めねばならぬのだという素直な強い思いにあふれているかどうかである。

その個々の知恵と知恵、力と力とを強く結びつけるもの、それは結局はお互いの信頼である。信頼があれば心がひらく。心がひらけばさらに信頼が深まる」(『続・道をひらく』PHP研究所)

一人では、どんなにいいアイデアを持っていても、それだけでは大きなことを成し得ない。多くの人の賛同や協力を得ることが必要だ。そのためには立場が異なる人とも、信頼関係を築くことが大切であることを、幸之助の言葉は教えてくれる。

 

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