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名刺の「当たり前」を変え、出会いの価値を最大化する

2016年06月25日 公開

寺田親弘(Sansan社長)

【連載 経営トップの挑戦】 第8回
Sansan〔株〕代表取締役社長 寺田親弘

 ビジネスにおいて、名刺は重要な資産だ。それなのに、活用できていないケースは数多い。引き出しに名刺が溢れて、欲しいときに見つけられない。あるいは、アプローチしたいキーマンの名刺を隣の席の人が持っているのに、それを知る術がない。それでみすみすビジネスチャンスを失ってしまう。そんな課題を解決するための法人向けサービス『Sansan』を提供しているのがSansan〔株〕だ。個人向けの名刺アプリ『Eight』も展開している。名刺管理という、一見、地味にも思える事業でイノベーションを起こしているSansanの創業社長・寺田親弘氏にお話をうかがった。

 

拡大のスピードを上げるため、あらゆる施策を「上乗せ」する

 ――今年5月、PFUとコラボしたオフィス向けスキャナ『ScanSnap iX500 Sansan Edition』が発売になりました。名刺をスキャンすると、そのままそのデータをSansanのアプリで管理できるようになるスキャナですね。名刺管理サービスを提供する御社がスキャナを手がける理由はなんですか?

寺田 当社が目指しているのは、ビジネスにおいて日常的に発生している「名刺管理」という問題の解決を入り口にして、働き方を革新しよう、ということです。これを実現するためには、パソコンやコピー機がオフィスに当たり前にあるように、名刺管理サービスも「当たり前」の存在にならなければなりません。諸説ありますが、日本には100万社以上の企業がありますから、「当たり前」になるためには、少なくとも10万社に使っていただくことが必要でしょう。リリースから9年経って、今、Sansanを使っていただいているお客様は約4,000社です。順調に増え続けているのですが、これまでの延長線上で、ソリューションとしてSansanを売っていくだけでは、時間がかかりすぎます。

 そこで考えたのが、コモディティ(日用品)として販売することです。どこのオフィスにもあるスキャナ、その決定版と言える製品として、『ScanSnap iX500 Sansan Edition』をSansanと一緒に販売するわけです。『ScanSnap iX500』はシェアNo.1のパーソナルドキュメントスキャナですから、インパクトは大きいと思います。

「月額課金だったクラウドのサービスを、モノとして売り切りで販売する」という形は、おそらく他に例がないのではないでしょうか。

『ScanSnap iX500 Sansan Edition』

 ――売り切りなのですか?

寺田 このスキャナを買っていただくと、名刺500枚までの利用なら、何人でSansanを使っても料金はかかりません。ある程度までの大きさの会社であれば、スタートするにはこれで十分でしょう。500枚を超えたら、必要に応じたライセンスを追加購入することができます。

 ――PFUとは、以前から別の形でのコラボをしていたのでしょうか?

寺田 今はスマホがありますから、スマホのカメラからSansanのスマホアプリに名刺を取り込むことができます。しかし、創業の頃はガラケーしかなかったので、スキャナを使ってPCに取り込むしかありませんでした。ですから、サービスの一部としてScanSnapにタッチパネル式のコントローラーを添えてお客様に貸出しをしてきて、それは今でも続けています。

 個人向けのEightについても、マーケティング施策の一つとして、『喫茶室ルノアール』や全国のコワーキングスペースに、名刺スキャン専用のScanSnapを置かせていただいています。

 ――『ScanSnap iX500 Sansan Edition』を実際に販売するのはPFUですか?

寺田 そうです。ScanSnapの商流で、コラボレーションモデルとして販売していただきます。

 ――PFU以外の他社ともコラボを進めていくのでしょうか?

寺田 日用品として企業に入っていくために価値があることだと思えば、やっていきます。たとえば、昨年はNTTドコモさんとの協業を始めました。全国のドコモの法人向け販売チャネルで、Sansanのスマートフォンプランを販売していただく、というものです。

 他にも、コモディティ化のためにあらゆる可能性を視野に入れて検討しています。

 ――これまで事業を拡大してくる中で、最も大きな課題はなんだったでしょうか?

寺田 やはり、スピードをどう上げるかということです。「世の中に当たり前にあるものを作ろう」「世の中のインフラになろう」と言うのは格好良いですが、実現するのはそう簡単ではありません。

「名刺管理サービスの市場が盛り上がってきて、その中でNo.1になった会社」という見方をされることもあるのですが、実際はそうではなくて、当社がパイオニアとして市場を創ってきました。拡大していく市場の中で勝つための戦いをするほうが、ビジネスとしては効率が良いでしょう。しかし、私たちは誰かが起こした風の流れに乗るのではなく、自ら風を起こす側でありたいと思っています。だから、自分たちで起こした風のぶんだけ一歩一歩進んでいく状況なので、そのスピードをいかに加速するかということに常に向き合っています。

 ――スピードを上げるための施策として、他にどのようなことをされてきたのでしょうか?

寺田 たとえば、SansanのテレビCMを打ちました。B to Bのクラウドサービスで、企業広告ではなくサービス自体のテレビCMを打ったのは、当社が初めてかもしれません。始めたのが4年前で、今では当社の定常的なマーケティング戦略の中に組み込んでいます。

 ――B to Bのサービスだと、テレビCMの効果は限定的だと考える人が多いのではないかと思いますが。

寺田 ウェブ広告とテレビCMとでROI(投資対効果)を比べれば、ウェブ広告のほうがずっと良いです。でも、ウェブ広告だけよりも、加えてテレビCMも打つほうが、さらに拡大のスピードを上げられる。そこに価値があると思います。当社は、市場の中で最適化した戦略を取ろうとしているわけではなく、市場自体を最大化することを考えていますから。

 もちろん、マス広告において名刺管理というキーワードが有効かどうかや投資と回収の中長期的な試算など、裏づけとなることはさまざま考え抜いたうえでの判断で、決して博打を打ったつもりはありません。

 今年からは地方での展開も積極的に進めています。これまでは東京に集中していたのですが、リソースが充実してきたので、大阪、名古屋、福岡にも法人営業拠点を設けて、大きなイベントも大阪、名古屋、福岡、広島、仙台で開催しました。

 ――一般的な、企業を訪問して行なう営業活動も続けている?

寺田 もちろん続けています。新しいことをやっているのは、あくまで非連続に成長するための上乗せです。そうでないとスピードが上がりません。

 

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「当たり前」の存在になるため、SansanとEightだけに集中する >

著者紹介

寺田親弘(てらだ・ちかひろ)

Sansan〔株〕代表取締役社長

1976年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、99年に三井物産〔株〕に入社。情報産業部門で勤務後、米国シリコンバレーに転勤。帰国後、社内ベンチャーの立ち上げやセキュリティ関連会社への出向を経て、2007年に退職し、Sansan〔株〕を設立。B to Bの名刺管理サービス『Sansan』を開始。11年、The Entrepreneurs Awards Japan U.S. Ambassador’s Award(駐日米国大使賞)受賞。12年、個人向け名刺アプリ『Eight』を開始。

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