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【今週の「気になる本」】『七時間半』

2016年08月19日 公開

獅子文六著/ちくま文庫

東京・大阪間の「スローな旅」を追体験

日々、進化を続ける日本の鉄道。新路線が開業し、直通運転があちこちで始まり、新幹線は1分単位でスピードアップを進める。

それは嬉しいことだが、ちょっと寂しいのは、便利になればなるほど、不便だった時代の記憶が薄れてしまうこと。そこで記憶が止まってしまう廃線とは違い、日々新たに走り続ける鉄道の場合、記憶がすぐに上書きされてしまうからだろう。

というわけで、かつての鉄道の旅の様子を知るには宮脇俊三氏など当時の紀行文を読むのが一番と思いつつ、ここでは変わった本を一冊。昭和の作家、獅子文六の小説『7時間半』だ。

これはまだ新幹線が開通する前、特急「つばめ」(作中では「ちどり」となっている)が7時間半で東京と大阪を結んでいた時代の物語。当時の最新鋭特急だった「つばめ」には「つばめガール」と呼ばれる女性アテンダントが乗車していたのだが、ある美人の「つばめガール」と食堂車の女性との恋のさやあてを中心に、東京と大阪の7時間半で繰り広げられる乗員乗客のドタバタを描いたテンポのいい娯楽小説だ。

なにより当時の鉄道旅行の様子がリアルに再現されているのがいい。食堂車の様子から客席でのサービス、どこでどんな弁当が売られていたのか、あるいはどの駅で給水をするだとか、はたまた国鉄の労働争議の様子まで、小説でありながら紀行文であり、業界小説でもあるのだ。

ただ、この小説が発表された当時(1960年)、「つばめ」よりも速い特急「こだま」(新幹線ではない)が運行を開始した直後で、実は「つばめ」は時代遅れになりつつあった。作中でも食堂車で働く若者が「食堂車に未来はない」と言われ将来を悲観したり、列車で働く女性たちが次の職場を心配する様子などが描かれる。終わりつつある東京・大阪間の「スローな旅」への、著者からのオマージュという意味もあったのだろう。

ちなみに特急「こだま」は作中で、特急「いそぎ」という身も蓋もない名前に置き換えられており、スピード化時代への著者のスタンスがよくわかって面白い。「いそぎ」以外の何物でもない新幹線が開通するのは、その4年後のことだ。

獅子文六の小説は長らく絶版だったのが、今はちくま文庫で復刊され誰でも読めるように。それをJRの駅ナカ書店で見つけ、これも何かのご縁と購入した次第です。

執筆:Y村(「紀行」担当)



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