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【今週の「気になる本」】『春宵十話』

2016年10月21日 公開

岡 潔著/光文社文庫

「数学は情緒の表現である」と語る数学者の随筆集

 1901~78年に生きた一流の数学者が、戦後の教育や日本文化などについて考えを述べた随筆集。さまざまなテーマを扱っているので、人によって関心を持つ箇所も違うでしょうし、抱く印象も違うだろうと思います。だからこそ、長く読み継がれているのでしょう。

 私の気に留まったのは、

「数学が何かは私にもよくはわからないが、心の中にその元があることは確かであって、自然から教わるべきものではないのである」(134頁)

という文章。「自然は数学で表現できるが、人の心は数学では表現できない」というのが常識でしょうが、それと正反対のことを言っているようです。

 これを読んで思い出したことがあります。

 かつて、私も大学受験のために数学や物理を勉強したことがあるのですが、勉強をしながらどうしても納得できなかったのが「自然法則を数学で記述できる」ということでした。最先端の研究ではどうなっているのか知りませんが、少なくとも高校までで習う範囲のことであれば、実際、自然法則は数学で記述できているわけで、しかもその記述が正しいことは世界中の無数の人々が数えきれないほどの回数、検証しているわけですが、それは結局、経験則に過ぎないのではないか。「自然法則を数学で記述できる」ということは、何かによって保証されていることなのだろうか? そんなことを日々、考えていました(目の前の受験からの逃走だったのかもしれませんし、中二病的な何かの病だったのかもしれません)。

 考え始めたきかっけは、物理の先生が「モノを100回投げたら100回とも放物線を描いたとして、101回目に投げたモノが放物線を描くと言い切れるか?」という問題を出したことだったような気がします。肝心のその問題の答えは、教えてくれなかったのか、忘れてしまったのか、覚えていません。

 倫理の授業を受けているとき、私と同じようなことを本気で考えていた人は、歴史上、何人もいたらしいということを知りました。創造主にして全知全能の神を信じる人にとってみれば、神が自然法則を書き換える可能性は十分にあるわけですから、これからも「自然法則を数学で記述できる」という保証は何もないことになります。

 まあ、そんなことをつらつらと考えていても仕方がないので、「人間も自然の一部だし、脳の中で起こっていることも自然現象なのだから、人間が考え出した数学と自然とがシンクロしても不思議ではないのかもしれない」というフワッとした納得の仕方をして、文系に進学しました(化学がさっぱりわからなかったし、生物も複雑すぎてわからなかったし、というのが大きな理由だったりしますが)。

 なんだかこの本の内容からずいぶん飛躍してしまったようですが、要するに、一流の数学者が「数学と自然とは別物だ」と言ってくれたように感じて、「やっぱりそうだったのか!」と思った、ということです(曲解しているのかもしれませんが)。

 以上の私の感想が妥当なものかどうかはともかく、なかなか刺激的な本であることは間違いないのではないでしょうか。

 

執筆:S.K(「人文・社会」担当)

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