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星野リゾートの現場力(4)奥入瀬渓流ホテルの「苔さんぽ」

2017年01月11日 公開
2023年05月16日 更新

星野佳路(星野リゾート代表)

星野佳路氏の視点ーー「やり抜く」ことの重要性

正直なところ、苔のアクティビティがこれほどの人気になるとは思いませんでした。奥入瀬のダイナミックな渓流を前にして、なぜあえてルーペを持って苔を観察するのか、私にはよく理解できませんでしたから(笑)。私は軽井沢で散々苔を見て育ったので、苔の魅力に気づかなかったのかもしれません。

「苔」と決めたら迷わず突き進む。丹羽さんの押しがとにかく強いんです。土地の魅力を考える「魅力会議」でもつねに苔を持ち出してくるので、はじめは違和感がありましたが、(笑)、「苔をテーマにやっていきたい」という熱意は伝わってきました。

苔さんぽ、苔ディナーに苔ガールステイ……。季節ごとに驚くような苔のアクティビティが次々と出てきます。何を採用するかは現場に任せていますが、そのうち渓流ではなく、「奥入瀬苔ホテル」になってしまうのではないかと心配になるほどの勢いですね。

ただ、丹羽さんたち現場のスタッフはよくやり抜いたと思います。結果的に、観光テーマとして「苔」は大成功でした。メディアからの取材も多かったですし、何よりお客さまが喜んでくれました。

「ルーペの向こうに広がる絶景を、ぜひお客様にも見てほしい」というスタッフの想いがきっかけだったと思いますが、星野リゾートではこういうパターンは多いです。「星野リゾート トマム」の雲海テラスも、スキー場のゴンドラをメンテナンスするスタッフが、雲の上からの素晴らしい景色を自分たちだけでなくお客さまにも見てほしい、と始めたものでした。

 

マーケティング発想よりも自分たちのこだわりが大事

奥入瀬の魅力をどう伝えるかを考えたとき、ダイナミックな渓流を見せるのが一般的ですが、その自然環境を生み出した苔に注目したのが、他の施設にはないユニークな点です。

ただし、テーマを決めても、それを目当てにお客さまがすぐに来るわけではなく、売り上げや稼働、成果につながるまでには時間がかかります。そして、大概はそれに耐えられないものです。短期的に成果の出そうな、マーケティング視点のテーマを追い求めがちです。

すると、どうなるか。マーケティング主導では顧客ニーズを聞こうとしますから、結果的に全国の観光地やホテルでサービスが似通ってしまうのです。旅行者にニーズを聞いても、「おいしいものを食べて、露天風呂に入りたい」というくらいの答えしか出てきませんから。

星野リゾートの特徴の一つは、現地主導で観光テーマを探すことです。東京や他の場所でマーケティングやセールス、広報を担当しているメンバーではなく、現地で春夏秋冬を通して暮らしている人が、自分たちのこだわりや地域の楽しさを考え抜いて、サービスに反映させていきます。まずは少し試してみて、お客さまの反応がよければ、展開を広げていく。顧客が満足している実感が、自分たちの自信にもつながっていくのです。

自分たちのこだわりを押しつけていくからこそ、他とは差別化されるし、コモディティ化されない商品やサービスになっていく。これを私たちは「日本旅館メソッド」と呼んでいます。「苔」のテーマもまさにそうで、マーケティング主導では絶対に出てこない発想です。お客さまに聞いても、「奥入瀬で苔を見たい」という人はいないでしょう。

しかし、顧客にしてみれば、旅先では自分が知らないことを体験したいし、知らない土地の魅力を教えてほしいはずです。現地主導でその土地の魅力を探し、いいと思ったものはとことん続けることを奨励しています。そのなかから、きらりと光るサービスが生まれてきます。

 

《『THE21』2016年4月号より》

著者紹介

星野佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート代表

1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。

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