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星野リゾートの現場力(5)界 熱海の「あたみ梅の間」

2017年01月13日 公開
2023年05月16日 更新

星野佳路(星野リゾート代表)

星野佳路氏の視点―ー自分が変わらなければ、周りも変わらない

(以下、星野科路氏談)

田井さんのことは、新卒で入社した頃から見てきました。もともと芯の強い女性ではありましたが、当時は今のようにバイタリティに溢れたタイプではなかった印象です。

新入社員として送り込まれた白銀屋(現在は「界 加賀」として再生し、運営されている)は施設としての課題も多く、責任感の強い田井さんは「なんとかしなきゃ」と思い悩んでいた様子でした。理想と現実のギャップに悩んで辞めていく新入社員が少なからずいますが、田井さんも辞めてしまうのではと心配していました。しかし、ある時点から急に強くなりましたね。

おそらく、問題を自分のこととしてとらえられるようになったからでしょう。社会人になったばかりの多くの人がそうかもしれませんが、かつての彼女は、施設の魅力の弱さや顧客満足度の低さなどの問題を自分の問題として考えられていなかったように思います。研修で話したときも、「周りが協力してくれないから」「環境が悪い」と思っているように見えました。

「田井さんが変われば白銀屋は変わる」――。そのとき私は、こう彼女にメッセージを書き残した記憶があります。それがきっかけかどうかはわかりませんが、彼女自身が「自分が変わらない限り、周りも変わらない」と覚悟を持った瞬間があったのだと思います。

その頃から、頼もしく感じられる表情や言動が見られるようになりました。もともと彼女が持っていた能力が顕在化され、いい意味で「強烈にしつこく」なりました(笑)。この「あたみ梅の間」は、彼女にぴったりの仕事だったと思います。

 

ハードルを乗り越えてこそ仕事の楽しさがある

「あたみ梅の間」のプロデュースでは、職人さんとの交渉もそうですが、社内の説得も大変だったはずです。実現したいことがあっても、それを予算化するには、顧客のプラスになるとか、集客や収益に結びつくといった効果を説明できなければなりません。新たな取り組みはいろんな社員から提案されますから、限られたリソースをどう配分するかの議論にもなります。

しかも、私たちはフラットな組織なので、みんながお互いに言いたいことを言い合います。批判も多いです。厳しい批判や議論に立ち向かい、かつ実現したあとも確実に成果につなげるよう求められるのは、いくら好きなことを仕事にしているとはいえ、簡単ではありません。
 ただ、乗り越えるべきハードルが高いからこそ、実現したときの喜びは人一倍大きいのではないでしょうか。ただ好きなことをするよりも、楽しいと感じるはず。それが「仕事が楽しい」と思う瞬間なのだと思います。

 

ほんの小さな成功体験でチームは変わる

人間の成長には、成功体験が最も糧になると思います。それは個人だけでなく、チームにも言えることです。これまで多くの施設の再生を請け負ってきましたが、ちょっとした成功体験がきっかけとなって、チームが良い方向へ変わっていく瞬間を何度も経験してきました。

再生を託される施設は、それまでに集客減や予算削減を何度も経験し、自信を喪失しているケースが多いものです。そんな彼らが変わる瞬間というのは、利益を出し始めたときではなく、集客減が止まったとか、新しい客層が訪れ始めたとか、ちょっとした成功体験です。それだけでチームの歯車が回り始め、新しい発想が生まれやすくなるのです。

好きなことであれば、やる気を持って取り組めるので、成功体験も積みやすくなります。「成功体験→成長」の流れを経験しやすいと言えるかもしれません。

 

《『THE21』2016年7月号より》

著者紹介

星野佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート代表

1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。

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