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星野リゾートの現場力(8)トマムの「雲海テラス」

2017年02月03日 公開
2023年05月16日 更新

星野佳路(星野リゾート代表)

星野佳路氏の視点――進化し続けるために

(以下、星野佳路氏談)

星野リゾートがトマムの運営を始めたのは、2004年からです。「北海道の大自然を体験する」というテーマのもと、施設としてどのような魅力を発信していくかを考える会議で、以前からこの施設で勤務する鈴木さんたち索道チーム(索道〔ゴンドラやリフト〕の整備を担当)が、山頂付近で撮影した雲海の写真を見せてくれたのです。

「自分たちは最高の景色を眺めながら毎日仕事をしているけれど、ゲストにもこの素晴らしい景色を見てもらったらどうか」という提案でした。トマムのランドマークであるザ・タワーの先端が雲海から顔を覗かせている風景が写真に写っていて、とても印象的でした。

彼らが自らテラスを作り、2005年に営業を開始しました。その年の来場者はわずか九百人でしたが、その後はかなりの勢いで増えていきました。そのうち雲に関する実験や観察ができる「雲の学校」を始めたり、雲海の発生メカニズムを解説するなどサービス内容を広げていったのです。

雲海が現れる確率を知りたいという要望に応えて、鈴木さんが雲海出現率を予想したり(※現在は財団法人日本気象協会が予想)、テラス脇に設置した観測カメラの映像を客室のテレビに流したりと、雲海情報の発信にも力を入れてきました。

最近では、残念ながら雲海が出ない日にも顧客に楽しんでもらえるよう、さまざまな仕掛けも提案してくれています。たとえば、山の反対側からも雲海を望めるよう新たな展望ルートを設置したり、雲海がまったく現われない日のために「雲海は出ませんでした」と書かれた看板を用意しておき、それと一緒に写真を撮ってSNSに載せてもらったり……。雲海が出なくても山頂からの眺めは素晴らしく、とても良い写真が撮れるのです。

このように魅力を常に進化させていくことは、私たちの業界では絶対に必要だと考えています。進化が止まれば成長も止まり、顧客に飽きられ、競合にも追いつかれてしまいます。

今では雲海の出現の有無にかかわらず、山頂を訪れた人が満足できるコンテンツが増えており、雲海出現率が低いシーズン初めの5月や、シーズン終わりの10月にも雲海テラスをオープンできるようになりました。

 

現場の「顧客視点」でオフシーズンにも収益アップ

バブル期に開発されたスキーリゾートのトマムは、冬に稼いだ利益を夏のオフシーズンで食い潰してしまう、典型的な赤字リゾートでした。ところが雲海テラスが成功した今では、夏の黒字化を達成しただけでなく、8月の利益が年間で最大になるなど、夏にも稼げるリゾートへと進化しています。

それによって、冬の利益をスキー場の施設に投資できるようになりました。リフトの高速化や付け替え、コースの増設などでスキー場としての魅力が劇的に増し、冬の集客力アップにも貢献しています。

トマムが進化を遂げたのは、夏の営業を黒字転換した雲海テラスの存在が大きいと言えます。そのアイデアを提案したのが、他ならぬ索道チームです。

雲海テラスは、ホテル勤務のスタッフには思いつかなかったでしょう。毎日この景色を見ながら作業していた索道チームだからこそ、気づけたアイデアです。このことからも、所属する部署に関わらず、スタッフ全員で接客や顧客満足の向上に取り組むことが大事だと考えています。

スタッフなら誰でもゲストに喜んで欲しいし、ゲストが喜ぶ顔を見れば嬉しいものです。自分たちのサービスが顧客の満足を生んでいるという実感こそが、この仕事を続ける原動力であり、顧客視点を養うことにもつながっていると感じます。

 

《『THE21』2016年10月号より》

著者紹介

星野佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート代表

1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。

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