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【今週の「気になる本」】『謝るなら、いつでもおいで』

2017年03月17日 公開
2023年10月04日 更新

川名壮志著/集英社

「佐世保小6女児同級生殺害事件」を振り返る

 非常に心を揺さぶられる本でした。そして、「なぜ揺さぶられたのか?」と考えさせられる本でした。

 扱われているのは2004年に起きた「佐世保小6女児同級生殺害事件」です。小学校6年生の女の子が、授業があった平日、自分が通う小学校の校舎内で、カッターナイフで首を切るという方法で、同級生の女の子を殺害した事件を、毎日新聞の記者が取材しています。

 殺人事件を追うノンフィクションに興味を惹かれるのには、いくつかのパターンがあると思います。

 たとえば、たまたま最近読んだ『餃子の王将社長射殺事件』(一橋文哉著/KADOKAWA)の場合は、まず「真犯人は誰か?」という興味。この本は、まだ逮捕されていない実行犯の姿に迫り、さらに実行犯に殺害を依頼した人物は誰なのかについてさまざまな可能性を考察しています。これがスリリングなわけですが、本書の場合は犯人は明らかであって、この種の興味を惹くものではありません。

『餃子の王将社長射殺事件』の著者は闇社会を長く取材していて、この本の中でも闇社会の人間がどのようにして企業を強請るのかについて詳しく解説されています。それもこの本の面白いところなのですが、『謝るなら、いつでもおいで』では事件の背景になった社会構造を解き明かすことに多くの紙数を割いていません。そもそも小6女児なんて日本中にものすごい数がいるわけで、同級生を殺害するのは極めてレアなケース。社会構造を分析することにいかほどの意味があるのだろうか、という戸惑いすら感じられます。

「こんな大事件を起こした犯人は、いったいどんなヤツなんだ?」という、個人のパーソナリティへの興味もあると思います。実際のところ、世間の注目を集める事件の報道の多くは、この点にフォーカスしているでしょう。本書にも、加害者が事件に至るまでにどういう行動を取っていたのかが詳しく記述されています。それは、事件が起こった当時、著者が新聞記者として取材をし、記事に書いてきたことでもあります。しかし、それによって事件の本質をつかめたかといえば、なかなかその実感が得られない。加害者の審判でも「なぜ殺害にまで至ったのか?」について判然とした結論は得られず、施設への収容後に「発達障害」という診断名を与えることによって終結しています。つまりは、結局、よくわからない。

 それにもかかわらず本書を読んで心を揺さぶられたのは、おそらく、10年も経った2014年になって、事件のことを振り返る本を出さずにはいられなかった著者の心情が垣間見られたからではないかと思います。

 事件が起こったとき、著者は毎日新聞社佐世保支局に勤務していました。たった4人の支局で、現場を取材して回る記者は著者を含めて2人だけです。3階建ての建物で、1階が駐車場、3階が支局長の自宅になっていて、オフィスは2階。

 支局長は次男と長女と同居していて、同じ建物で働いている著者は、当然、顔馴染みでした。支局長の自宅に招かれて、夕食を共にしたこともありました。そして、「佐世保小6女児同級生殺害事件」の被害者は、この支局長の長女でした。

 事件を機に、著者が置かれた環境は激変します。よく知る女の子が被害者として日本中の注目を集め、上司が遺族となり、オフィスには応援の記者がどんどん駆けつける。自身も取材に駆け回り、記事を書き続ける。一方で、被害者をよく知る者として、心に引っかかるものがある。記事には書くことのできないそれを、10年を経て、ようやく表に出すことができたのが本書ではないでしょうか。そう思うと、この本が世に出て、本当に良かったという気がするのです。

 著者にとって良かったというだけではなく、読者にとっても、著者が経験し、感じたことを知れるようになったことは、良かったのではないかと感じます。なぜそう感じるのかを説明するのは難しいのですが……。こんな特殊な経験から具体的な何かを学び取れるのかといえば、「果たしてどうだろうか?」とも思います。しかし、少なくとも私にとっては、読んでよかったと思える本でした。

 

執筆:S.K(「人文・社会」担当)

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